エンドウの定植

昨秋、エンドウをポットに播いた。

一昨年は、畑に直播きして
いろいろ防寒対策をしてみたが、十分ではなかったみたいで
殆どが寒さにやられて、消えてしまった。

そこで、昨年はポットに播いて
防寒対策万全にした。

半分くらいは寒さにやられたが、
定植前なので
畑には、きれいに植えることができる。

用意した畝に一杯になって、
3株余ったが、
これくらいは、虫食い、欠株用として要るだろう。

あと、手を作ってやれば、初夏には美味しいサヤエンドウが食べられる。

眼科受診

今日は、半年振りの眼科の健診。

6時半に
順番を取りに行くと、少なくて4番だった。

これなら、眼科の順番は一番かな、と思って
8時半に行くと
前の3人のうち2人が眼科で、私は3番。

眼科は、月曜と金曜しかなく、それも午前中だけ。
それでこの日は多くなる。

受診の時、先生は
12月か、1月に来て欲しかった、と
こちらのの気が悪くならないように、気を使いながら話された。

恐縮する。

終ってからも、今度は盆までには、としきりに言われた。

裏の片付け

家の裏が
三メートルほど空き地になっている。

が、ぐみの木が2本と
何年か前に伏せた椎茸のホダ木があるので、そこそこ取り混んでいる。

ホダ木も傷んで
椎茸の出るのも少なくなっているので
更新する準備をした。

又、ぐみの木も
高くなりすぎて、鬱陶しくなってきたので
古くからある株を、元から掘り起こしてしまったが、その片付けもまだ済んでいない。

今日はその片付けをする。
ぐみの小枝が沢山あって、始末に困るので
オクドさんに火を入れて、運びながら燃やす。

全部燃やすのに半日掛かった。
雪が降ったり止んだりだったので、あつくなくてよかった。

オクドさんの湯は二杯沸いた。
庭の草は
先日退治してから、芽を出していないので畑の隅に生えている草に掛けていく。

裏の空き地は、ぶどうを作る計画で進めているが
あらかたこれで準備が出来た。
暖かくなったら、苗を買ってこなければいけない。

鉢植えのミカン

鉢にミカンを植えている。
そのうちの一鉢が実をつけた。

秋、色付いた時に食べてみたが酸っぱかった。
そのまま、霜に当てないよう温室もどきを作って入れている。
一月の初めに食べてみたが、まだ酸っぱかった。

残っていたのを今日採って食べてみた。
美味しくなっている。

種類は分からなくなっているが
これで収穫時期がわかった。

今秋は、温室もどきを広げ、沢山越冬させて楽しみたい。

紅梅の蕾

今朝は空が曇って
七時になっても明るくならない。

外に出る気がしないので、中で過ごしていたら
昼前から雨が降りだした。
大した雨ではなかったが、夕方まで降り続いた。

外に出てみると、鉢の紅梅の蕾が膨らんでいる。
開くには、まだ少しかかるだろうが、蕾が大きくなっているのを見ると気分が明るくなった。

紅梅


朝からのうっとうしい気分も晴れるようだ。
下の畑の梅を見ると、これはまだ蕾が固い。

春が近づいている。

玉葱の補植

ここ2、3日
とても暖かく、春本番かと思わせるような天気。

朝早く洗濯して、軒下に干していたのを
外に干したり
バラの剪定枝を、オクドさんで燃やしたりした。

玉葱の畝を見ると、だいぶ欠株が出来ている。
玉葱の苗は自分で立てるので、
植残しの苗を使って補植をしていった。

昨年、玉葱を三回に分けて植えてみた。
12月と1月、そして3月。

それぞれ良く育ったが、3月植えの物が少し小さかっただけで
12月植えと、1月植えは変わらなかった。

そうして今年は二月に植えた。
補植だから比較は出来ないが、どう育つだろう。

これで、夏野菜まで畑の仕事は一区切りついた。

病院の順番

今朝は、六時半に大原病院に行き順番を取った。
九番目だった。

八時半から受付が始まって
すぐに採尿と採血があるので
結果が出るまで待たなければならない。

だから順番を取っていても
結果が出るまでは
後から来た人が先に終る。検査には、大体一時間ほどかかる。

今日、一時間半待っても呼ばれない。
イライラしてきた。
前に座っているおばあさんに
「次ですよ」と看護師がやってきたので、

「私はまだかかりますか」
と聞いてみた。中に入って調べてくれて
「次です」と言ってくれたが

多分、飛ばされていたと思われたが
何も言わずに受診した。

前にも同じようなことがあった。

順番に呼ばれて、採決や血圧を測るが
その時は
私の前の人が入り、次は私だと思っているのに他の人が呼ばれて、過ぎていく。

出てきた看護師に順番を聞いたら
中に入って、「さっき呼んだんですけど」と言う。
頭にきた。

その日は、用事があったので
早く済ますために順番取りに行って、今か今かと待っていたのに
そんな言訳をする。

「呼ばれていない、入口でずっと待っていた」
というと、黙ったが、
最後に「すみませんでした」と謝ったので、それ以上は言わなかった。

聞けば、時々そういうことがあるらしい。
朝早く寒い中、順番を取って
少しでも早く終らせたいと努力しているのに、腹の立つ話である。

ラッキョとにんにく

朝出てみると、
霧は出ているが、空は晴れている。

畑は霜柱が立って、すぐには仕事が出来そうにない。
ゆっくりと朝食を摂って
日差しが強くなったのを確かめて畑に出た。

まずラッキョの畝の草引きをする。
霜柱が解けたばかりなので
ぬかるんでいる。

化学肥料を撒いて、打ち込みつつ草を引いていく。
打ち込みも、鍬ですると早いが
ラッキョが起きてしまうので
ねじり鎌で行う。
時間はかかるが、きれいに取れる。

昨秋、二回に分けて植えたラッキョである。
始めに植えた分は、随分と根も張り、分蕨も進んでいるが、

後から植えた分は
植えたままという感じで、中には霜柱に浮かされて根っこが外に出ているのもある。
こんな時、
ラッキョの葉っぱに手がかかると、ラッキョが一緒に抜けてしまう。

慌てて植えなおすが、手間が掛かる。
昼過ぎまでかかって終った。

それから夕方までは、ニンニクの草引きをする。
これまた多くの欠株が出来ているし
まだ芽を出していない怠け者もいるので、確かめながら草を引いて行く。

本当に欠株のところには
自生している苗をもってきて植える。これが手間である。

全て終えたら五時前だった。

マリア病院行

今日は、石綿健診に行く。

石綿健診は、国がしてくれるもので
毎年二回、姫路のマリア病院で診察を受けている。

予約は二時だったが
友達に用があって、早めに出かけた。
友達の家に寄ると留守だったので、マリア病院に着いたのは昼時で

受付の女の方が、
[昼ごはんはどうされますか」と聞いてくれる。
「まだなんですけど、食べる所はありますか」と聞くと

「一階に食堂がありますし、売店もあります」と、教えてくれた。
「それでは」と
一階に降りて食堂に、と思ったが分からない。

又、尋ねて食堂に行くと
六人ほど客が居たが、方式は全てセルフで

食券を渡すと、番号札が渡され
程なく呼ばれた。

サラダ付きカレーを頼んだが、これが安い。
出てきたカレーは
よく煮込んであるのか、野菜も肉も姿がなくて

まさに、カレースープがご飯にかかっているという状態、
でも、味はとても美味しかった。

一時からレントゲンとCTを撮って、そのあと問診があった。
近頃、水の中で呼吸をしているようなことがあるので
それを言うと
指の酸素量を測って、正常だという。

しかし、何故という疑問には応えてもらってないので、問うと、肥満のせいだと言われた。

私にすれば
こうなる以前から肥満にはなっていたので
今こうなるのは何故か、聞きたかったが、聞くのを止めた。
何だか片付け仕事のように感じられたから。

それでも何時だか分かりたい。
でも、ダイエットはやらないといけないな。

保健婦だったカミさんに
「アホとキチガイは、糖尿のコントロールは出来ない」と言われる。
私は阿呆でも精神病でもない。

春の雨、マラソン

朝起きると
厭にあたたかい。

ストーブもつけなくていいし
起きることに何の抵抗もない。

外に出てみると、雨が降っている。
今日は東京マラソンの日、四万人近くの人が走るのだとか。

私は第一回目の東京マラソンに参加こそしなかったが、見た記憶がある。

平成19年2月、
東京板橋の娘に孫が生まれて
夫婦で手伝いに行っていた時で
散歩に出ていて、遭遇したのだった。

まだ第1回目のことで、その日も、雨が降っていた。
今日と違うのは、とても寒かったこと。
その時は
三万人の参加と言っていた。

都庁の地下が選手の待機場になっていたので
終ったあと行って見たら、

『補給の水がなかった、果物がなかった、、、等等」、
参加した選手が三々五々言っていたのを覚えている。

その時私は、
この寒いのによく走れるものだ、と感心しながら
みんなの話を聞いたものだったが、

ところで今日は
「世界遺産姫路城マラソン2015」の日でもあった。
うちは偶々、隣保の役が当たっていて
カミさんは救護担当で詰めるといっていたが。

先に書いた記事(夢前の春、菜の花の田圃の件)、
実は、今日走る選手に見てもらうために作ったものだった、とのコメントをいただいた。

それにしてもその発想、
素敵な方が居られるものだと、感服。

暖かかったとはいえ二月、その上に雨。
参加された皆さんは、風邪など引かれなかっただろうか。

ブロッコリーがヤラレた

昨秋、キャベツとブロッコリーを
10本ずつ植えた。
秋も深まっていたので、あんまり大きく育ってはいなかった。

しかし、暖かくなってきたら大きくなるだろう、と
思っていた矢先、
留守にしていた四日間のあいだに、

ヒヨドリメが、ブロッコリーの葉っぱをきれーいに食べてしまっている。
隣に植えているキャベツは少しも食べていないのに、、、

人間は、キャベツの葉っぱは食べるが、
ブロッコリーの葉っぱは食べない、
ところが、ヒヨドリは違うのである。

これはひょっとしたら
ブロッコリーの葉っぱの方が美味しいのかも。

これによって
春になったら美味しく食べられると思っていたブロッコリーが、全く当てにできなくなった。

鹿や猪、モグラだけでなく、
次は、空からやってくる敵に立ち向かわなければ、、、たははは

バラの剪定

先月、寒肥を施していたバラが
小さな芽を吹き出した。

今日は良い天気だったので、家の周りの整理をしようと思ったが
バラの剪定に変更、上の株から始める。

一輪車を持って行って
それに剪定した枝を積み込む。

バラは嵩張るので、二株も伐るともう一杯、
伐りためておくと始末に困るので、端から燃やしていこうと、

オクドさんに火を入れたら
降り続く雪や雨が浸み込んで、中々燃えつかない。

辛抱強く頑張っていると
ようやく、少しずつ燃え出した。そこに伐った枝をくべる。

剪定が終わったら
これまた、先日植え込んだ椎茸菌の植えつけにかかる。
ところが
仕事にかかると、穴あけのドリルが故障して回らなくなった。

仕方がないので
佐用のコメリまでドリルを買いに行った。
そんな事をしているうちに昼が過ぎ、作業が終わったのが二時過ぎ。

遅い昼を食べて、あとは休む。
今頃もろもろの疲れが出てきたようで、、、

でも、懸案のバラの剪定が終って一安心、
今年もきれいに咲いてくれよなー。

大原は雪

翌朝、目覚めると外が明るい。

覗いて見ると、
真っ白に雪が降っている。

まだまだ降り続いているので
(ゆっくり休め)という思召しだと、そのままベッドに潜り込む。

次に目が覚めたのがお昼で
食事の準備をする。
あり合わせの物でおかゆを炊く。

姉が持たせてくれたジャコテンをタップリと入れて炊いたおかゆ。
これは最高、それを食べて、又一眠り。
本当によく眠った。

こんなに休めたのも備中国分寺にお参りしたお陰だ、感謝感謝。

道草をする

与島SAを出て岡山に着いた。

児島で降りるか
総社で下りるか迷って、総社に決める。

ジーンズの本場の児島か、
備中国分寺のある総社に寄ろうか、と思っていたが

初詣に行きそびれた国分寺に決めて
ジーンズは又今度にする。

総社で下りると
初詣の時ビッシリ混んでいた国道180号線がスイスイ走れる。
少し走ったところのコンビニで、道を聞いた。
店員は二人居たが、
どちらも若くて知らなかった。

お客さんの一人が、丁寧に教えてくれたが、どうもまだ少し先の様子。
少し走って、又コンビニで聞くと
そこの店員も分からない。

そこでもお客さんが教えてくれて
どうやらすぐ近くに来ていることが分かった。
やっとこせ辿り着いたら、駐車場がない。

道は狭いし、路上に停めるわけにもいかずウロウロして
やっとPらしき所を見つけて停め、歩いて行った。

まずは五重塔、
これは見事だった。

備中国分寺

今時、こんな建物が出来るだろうか、という思いが湧いた。
中に入ると、
庭の植栽が、又、見事で、
どの方面から眺めても五重塔が見える。

備中国分寺②

植栽の代表は黒松で
これがキレイに手入れされて、見応えがあった。

来てよかった、備中国分寺は素晴らしかった。
他の季節になると、風情も違うだろうし是非また来てみたいもの。

大原に着いたのは五時ちょうどで、
風呂を沸かして入り、その後、欲も徳もなく爆睡した。

四国へ ⑥ 帰途に

18日帰途につく。
足が悪くて、歩けなくなっている次姉の所に寄って、話をする。

一時間ほど話して、人が来たのをシオに
そのまま、大原に向けて出発した。

内子で、ガソリンが119円と出ている。
ちょうど少なくなっていたので、寄って入れた。
セルフだったが、安い。  

いつもは、そこから高速に載せるが
昔の景色が懐かしく思われ、一般道を走った。
走っていく内、昔の気分が蘇ってくる。

松山の手前で、高速に載せた。
松山に入ると混むからで、
その後は、退屈な騒音壁の景色が続く。

でも、所所で見える瀬戸内海の景色は美しい。
豊浜SAで昼食を摂り、一休みして走る。

時間のある一人旅、
瀬戸大橋の真ん中にある与島SAに寄ってみた。

海峡大橋

十数年ぶりだが、以前よりお客さんが少ないようだ。
寒い時だからだろう。

電車が下を走っている。
橋の構造がデカいので、おもちゃのように見える。

大橋列車

展望台から見る瀬戸内海の景色は、いつ見てもきれいだ。

四国へ ⑤

次の日(17日)は上天気。

昨日の続きの剪定に行く。
松が終ると、雑木を。

義兄が済ませたという(バベガシ)も、大分伸びている。
剪定をして
終ったのが二時過ぎ。
それから、家の庭の小さな松の剪定をしたら全て終り。

夕食時には
奈良に行った四姉夫婦も来て、又も賑やかな酒盛りになった。

一緒に行った姪は
仕事の途中で足を挫いたそうで、来れずに残念。

こんな風にして今回の四国行は終ったが、

私にとっては、何時行っても
懐かしい故郷の景色と、人の心に安らぎを覚える毎日だった。

淀川長治さんの言葉を借りれば
「いやあ、古里ってほんとにいいものですねー」

迎えてくれたみんな、ありがとう。

四国へ ④ 松の剪定

翌日(16日)は
朝から雨が降っているたが、様子を見ていると
昼前には上がった。

昼から、甥の工場の剪定に、義兄と行く。
工場では
雨天用の積み下ろしが出来る屋根の工事をしていた。

私と義兄は植栽に行って
剪定を始めた。

松から掛かる。
始めると、松のすがすがしい香りがする。

その香りを楽しみながら、進めて行ったが少し残った。
残りは後日、にして帰ってみると

松山にいる姪がきていて、また酒盛りが始まった。

四国へ ③

15日(日)朝早く
カミさんとふたり、みんなを迎えに五輪坊に行った。
みんな、朝食を済ませて待っている。

家に寄ったが、
みんな浮き足立って、あがろうとしない。
コーヒーの準備をしていたが止めて、すぐに出発した。

一昨日走った道を
ゆっくり走りながら、観光案内をしてみたが、誰も記憶に留めてないだろう。
だれも一刻も早く、家に帰りたいのだ。

高速に乗せると
すぐに瀬戸中央道、橋の中ほどにある余島SAに寄ろうか、と声を掛けたが
誰も寄りたいとは言わない。

そのままツーカする。

それぞれ疲れが出ているみたいで黙りがち、だったが
一人姪だけが気を吐いていた。

石鎚SAで昼食を取り
城川に着いたのが、二時頃で
それぞれの家に降ろして、今村家に到着した。

変わった旅だったが、楽しい時間だった。
肝心の兄貴が、呆けていたのが残念だったが、こればかりは仕方がない。

皆を無事に帰宅させて上首尾、           よかったよかった、バンザーイ。

四国へ ② 奈良、そして古町へ

翌朝、六時半、
姉夫婦と私の三人で出発。

すぐ近くに住んでいる、すぐ上の姉の所に寄る。
そこで
姉夫婦と姪一人が合流し、六人で奈良に向け出発した。

昨日走った松山道を走り
川之江から徳島道に載せる。
この辺りの山は
ナラやクヌギが多く、冬枯れの落ち着いた佇まいの中を走る。

徳島道から淡路へ。
そこを過ぎると、神戸、
それからは、勝手知ったる私の道。
一路、高速を走って、奈良に着いたのが一時。

早速、病院に行くと
車椅子に乗った兄が出てきた。
自分では車椅子を押せず、娘に押してもらっている。

私達の顔を見ても分からない。

五人が寄ってたかって説明しても、ニコニコしているが誰が誰だか分からない様子。
私達六人は、半分はあきらめ感で、
半分は見舞いが出来た安心感で、病院を後にした。

その後、皆は古町の我が家へ。

夕食は私宅で済ませ、
泊まりは、みんな高齢なので
風邪など引かない配慮から、暖房の効いた「武蔵の里 五輪坊」を予約。

大原に着いたら、カミさんが
シャブシャブや寿司を準備して待っていてくれ、

私はホッとしてしまい、
食事の時に呑んだ酒と疲れが相まって、欲も徳もなく眠り込んでしまった。

その後、客人五人は
カミさんが
五輪坊まで二回往復して、送り届けてくれた。



四国へ ①

昨夏、娘二組の夫婦と
私達夫婦、そして孫五人合計11人で愛媛に帰省した。

あれから半年、
今回、私だけの四国行。
奈良在住の兄の見舞いに、姉夫婦を乗せて行く段取りで、

ことの起こりは今年の年賀状。

兄の写真を載せてきたが、
その写真たるや、
痩せて、弱り果てた姿でピースをしている。

これを見た姉が慌てた。
(見舞いに行きたい、しかし自分ではいけない)
そこで私に電話して来た。

冬籠り中の私は、姉さん孝行をしようと喜んで承諾した。

13日(金)朝八時、愛媛に向かい家を出る。
山陽道の山陽インターまで、一般道を走り
そこから高速に載せた。
急ぐ旅ではないので、周りの景色を楽しみながら走る。

回りは冬枯れの風景、
私は、この(裏寂れていても内に力を秘めた光景)が好きなので、楽しみながら走る。

高速に乗ると
すぐに吉備インターで、そこで一休みして四国へゴー。

瀬戸大橋を走る。
ここでは、いつも人の力の偉大さに圧倒される。

橋を渡り終える頃から、(讃岐富士)が見えてきて、
「嬉しや四国」と思うと、心が震えて嬉しさがこみ上げてくる。

高松道を走っていると眠気に襲われ、豊浜SAで一休み、

次にトンネルを過ぎると、古里愛媛県に入り、
道の名前が、松山道に変わる。

石鎚SAで昼食をとり、ここでも一眠りして身体を休めた。

内子インターで下りると
そこからは一般道で、
出てきた50数年前に比べると、道路が拡張されて倍になっているが
周りの景色は変わらない、

流れ去る景色を見ながら、一路「城川」に向かう。
着いたのは二時過ぎだった。

またまた猪

尾崎の畑に
葱をひと畝 植えている。

自分ながら良く出来たと思っていた。
殆ど採取済みだが
今日残りを収穫しようと行ってみると

上の青い葉っぱがない。やられた、鹿か猪だ!

今まで
何度も鹿や猪に荒らされたところだが、
このところ、一度も入られたことがなかった。

今、畑にあるのは
少なくなった葱だけなので、網もしないで放置していたら
昨夜入ったらしい。

鹿かもしれないが、
横に置いていたサトイモの親芋を、キレイに食べているから、猪だろう。
しばらくぶりの被害に
何だか懐かしい気もして、憎めなかった。

被害が「葱の葉っぱ」という
大したことないものだったからかもな。

葱の定植

今日は曇り。
空は暗くないし、予報も雨が降るとは言ってなかったので
洗濯物を外に干した。

今日の予定は
横の畑での仕事なので
降っても直ぐに取り込むことが出来ると思って。

それから葱の定植をする。

畝は、以前に作っていたので
今日は深く溝を掘り、苗を植えていく。

溝はひと畝に二条掘るのが、今までのやり方、
今回は、掘った土を真ん中に盛り上げてみた。

両方から盛り上げるので、中は高いが外側は低くなる。

葱が大きくなったら
土寄せをするが、今まで中の畝には入れ辛かったので

始めに中の畝を高くしておき
土寄せする時は外側だけにする、という横着を決め込む。

植え始めて
幾らもしないうちに、雨がぽつぽつ落ちてきた。
慌てて洗濯物を、軒下に干しなおす。やっぱり降った。

続きをする。
苗は、昨秋、種を播いたが
手入れが行き届かなくて、大小様々ある。

大きそうなものから植えていく。
一株三本、中々手間がかかる。昼をはさんで二時に終わった。

雨はパラパラしただけで大して降らず
空はどんよりしたまま。

うっとうしい一日だった。

椎茸菌の植えつけ

先日
鹿対策の支柱を伐りに行った時、
檜の上に被さるように「ミズナラ」の木があったので取り置いていた。

放っておくと邪魔なので
持ち帰ったが、
何にするか思案した結果、椎茸のホダ木にすることに衆議一決。

農協に行って
椎茸菌を取り寄せて貰い、今日はその植えつけをする。

しいたけ
      ミズナラに生えた しいたけ

以前した事はあるが
何年も経つので、忘れてしまって

ナメコ
   ミズナラに生えた ナメコ

あれが要る、これが要るで、時間ばかり食って
仕事ははかどらない。
「これも道楽」と思って頑張って、やっと夕方には終えることが出来た。

クリタケの株
    ミズナラに生えた クリタケの株

一寸の仕事に
多くの労力を使ったが
さて、どんな椎茸が出てきてくれるだろうか。

鹿の柵直し 終わる

朝はまだ雪があった。

が、尾崎は日当たりが良いので
解けているだろうと、希望的観測で行ってみると

予想道理、雪は殆どない。
鹿の柵、
なんとしても今日は仕上げなくては、と意気込んで始めた。

支柱は修正しているので、今日は網張り。
網は足りないだろうと思っていたが、
張ってみると、思った以上に長いのがあったので、全部張ることが出来た。

押さえのホゾを打って、完了!
この冬の課題が一つ終った。

気をつけて見てみると、
果樹の下には、もう春の草が芽を出している。

今、手を入れてやると難なく処理出来るのに、まだまだ先用があって出来ないのが残念。

大原に戻った

記念旅行を終えて
姫路の家に着いたのが、夜の八時。

その晩は
姫路に泊まって、翌朝、大原に戻った。

大原には昼前についた。
天気はそこそこよかったが、今日は休養日と決め込んで疲れを落とす。

次の日は、朝から雪、五cmくらい積もっている。
今日も休養日、これで旅の疲れがすっかり取れた。

やまなみハイウェーで見た雪景色はキレイだったが
ココで見る雪は、又か、といった感じでうんざりする。

積雪の大原の家


同じ雪を見ても、気持ちの持ち方で
こんなに変わるものか、とおかしくなる。

姫路に用ができて、行く。
佐用までは雪、徳久に入るともう雪はない。

姫路は、風は冷たくても天気は上々。
トンボ帰りしたら
大原の雪も大分少なくなっていた。

することが山積している。
さて、明日の天気はどうだろう。

記念旅行を終えて

三泊四日の旅、
高千穂と中津以外は
今まで何度か行った場所だったが

いずれも車だったので

今回のように
途中の景色をゆっくりと眺めたり、ガイドさんの説明を聞くことはなかった。
だから、初めてのような感覚で嬉しかった。

添乗員の山口さんは
30過ぎだったが、経験豊富で
なんでもてきぱきと処理されて、頼りになったし、

なんといっても
ガイドの琴ちゃん、この方も超のつくベテランさん、
歌は何でも唄え、そのうえ上手で、長い時間を退屈しないで楽しんだ。

みなさん、楽しい旅をどうも有難うございました。

九州横断紀行 ⑪ 柳川舟下り

いよいよ4日目、最後の日。

1番に「雲仙地獄」を散策。
別班の泊まった「九州ホテル」は、この雲仙地獄を抱えたように建っている。
わざわざ散策しなくても
窓からそこに、もくもく立ち上る地獄が見えたことだろう。

雲仙の地獄

散策していると
硫黄の匂いを含んだ蒸気が、そこここに立ち昇って壮観この上ない。
この風景、どこかで見たぞ、と思ったら
「箱根」の大涌谷だった。

雲仙のあと、バスは福岡の柳川へ。
柳川は、水郷の町で、詩人北原白秋の生家もある。

着くと昼食だった。
昼食を摂る所は、昔、殿様の別邸だったそうで
今は手を加えて、並びの資料館が見学出来るようになっている。

そのすぐ近くが
柳川舟くだりの、出発点になっていて
見学を終えた私たちは、柳川下りの船に乗った。
冬季の今は(こたつ舟)だ。

コタツ舟②


ああ、そうだ。
船頭さんは、上っても柳川下りと言います、と言っていたな。

小降りの雨も上がり
天気も味方してくれたようだ。
船頭さんは一人、
出てすぐに橋があり、
向こうから来た船の船頭が歌っている。すれ違う時、歌が終った。

私達の船が一斉に拍手をしたので
向こうのお客や船頭は、吃驚、その次大笑い。
すれ違うタイミングが良過ぎた。

向こうの船頭さん、
「有難うございます」と振り返った。
橋の下は、エコーがかかるので、歌声が響いて朗々と聞こえる訳で、

それに刺激を受けて、こちらの船頭、
張り切って、客のリクエストに応えて歌い出す。
いい声。

約1時間の乗船中、5、6曲は歌ってくれただろうか。
よく知っている白秋の童謡や、民謡。
この旅は、ガイドさんも船頭さんも歌が上手だった。

終ると、小倉までバス。
ガイドの琴ちゃんは、最後のお勤めとばかりに張り切って
歌ったり話したり頑張る。

旅が始まるまでは
四日間は長いと思っていたが、済んでしまえば早かった。

このようにして
楽しい記念旅行は終わりました。めでたしめでたし。  

九州横断紀行 ⑩ フェリーのかもめ

昼食を済ませて
最後の宿、雲仙に向かう。

熊本の長洲港から
有明フェリーで多比良港へ。
フェリーの売店では、「かもめパン」が売られていた。1個100円。

随いてきていたカモメに
小さく千切って投げてやる。
慣れていると見えて
どのカモメも、狙いを定めてうまく啄ばむ。
その上手い事、上手い事。

フェリーにカモメ

多比良港から、今夜のホテルの雲仙に向かう。

以前、友達と来た時は
新田峠を登って、途中、有明海が見事に見えたが
今回は別の道だったらしく、
その展望はなかった。

雲仙では二組に分かれて泊まる。
始めに、「九州ホテル」で半分ほどの人が降りた。

私達は次の「ホテル東洋館」に。
2、3分で着いた。

東洋館は、風呂が二つあって
ひとつは地下、もう一つは五階の展望風呂、このホテルのウりはこの展望露天風呂である。

先に地下の大浴場に行く。

上がると食事の時間、
食事が済むと
待ちかねたように、その足で展望風呂に行く。
部屋に帰ってしまうとホッとして風呂に行けない、と踏んでいた。

さすが、名湯雲仙温泉、
湯量が豊富で、泉質も肌に心地よい。

部屋は初めて和室で、これも落ち着く。
朝までぐっすり寝んだ。            (続けます)

九州横断紀行 ⑨ ななつ星と高千穂峡

三日目の
朝一番に、話題(私は知らなかった)の
豪華列車「クルーズトレインななつ星in九州」を見に
阿蘇駅に寄る。

ホテルから一分ほどの所。

確かにキレイな車両が停まっている。
外からではよく見えないので、160円の入場券を買って入った。

ななつ星

中の様子はわからないが、
外から見ても
オーラが感じられ重厚感が伝わってくる。

聞けば
50万ほどかかる上に、
乗りたくても抽選に外れたら乗れない(代物)らしい。

何枚か写真を撮って出た。

ガイドさんの話では
乗る予約が半年先まで決まっているそうだ。はーんそうですか、よう分からん。

外から見るだけなので、スぐに終る。

次は、私がこの旅行で一番楽しみにしていた『高千穂峡』、
気持ちが逸る。

途中「琴ちゃん」から
天孫降臨の話をコマゴマと聞かされたが、よく覚えていない。
着くと、長い階段を下って川べりにでた。

③高千穂峡


そして、いつも写真で見る景色を上から眺める。

高千穂峡①


なるほど、下から撮れば
あんなに高く感じるのか、と思われるが
橋の上から見ると
何のことはない、少し大きめの谷川で、期待が大きかっただけにガッカリ。

④高千穂峡


食事場所にあった資料館では
子供の頃、使っていた道具が色々あって懐かしかった。  (まだまだ続けます)

九州横断紀行 ⑧ 特別風呂

二日目、ホテルに着く前
ガイドの「琴ちゃん」が、
「今日は修学旅行の団体と一緒なので、温泉は7時からです」と言う。

部屋に入ると
何と別に広い風呂場がある。

お風呂②

食事まで一時間半もあるので、先にこの風呂で疲れを取ろう、と
湯を張って入った。
後でわかったことだが、
この部屋、新館特別洋室だったそう。

ホテルの宣伝に使った部屋らしく
なんとその時、ユルキャラの「くまモン」がこの風呂を使った、という。

お風呂①

あとになって
バスの中でみんなに
何気に、風呂の写真を見せたところ、
他の部屋にはこんな風呂はなかったというから、随分、徳をしたものだ。
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プロフィール

Author:松本直美
定年後、岡山・美作で農業を始めて18年。
米作りだけでなく、野菜や花、
果樹、造園についても書いていきます。
造園技能士一級の資格を持っています。

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