枯れた松

今日(30日)は
姫路の佐土で庭仕事。

2国から北に向かって、狭い道路をくねくねと入って行く。

庭の真ん中に松、
両側にもみじ、山茶花、バベガシ、まき、金木犀、
そして、今は水が張ってない池がある。

そこの真ん中にある松が
松食い虫にやられて、枯れている。

朝一番に、この松を片付けた。

何回か手を入れてきた松なので、悔しいし悲しい。
奥さんは、
「このところ、周りの松が次々と枯れて
 心配していたら、とうとう家のまでやられました」
 と言っておられた。

見ると確かに
隣の松も、完全に枯れている。

隣は今、留守で
手を入れていない伸び放題の松が枯れたら、惨めである。

今日の家、庭の真ん中にあった(主木の松)がなくなると
大きな穴が開いたようで、

仕方なく片付けを済ませたが、残念な気持ちが消えない。

蝶の翅

今日、
姫路に向かって車を走らせていると
相坂(あいさか)のところが工事中だった。

スピードを緩めて走っていると
ドアの窓ガラスに何かとまった。
見ると
小さな蝶が、窓ガラスの真ん中にとまっている。

どんな足がかりか解らないが、とにかくとまって動かない。
もう少しスピードを出せば、つかまっていられなくなるだろうと
走ってみたが、一向に居なくならない。

10分ほどして
翅が疲れたのか、目的地に着いたのか、居なくなった。

(ツルツルの窓ガラスに、留まることさえ大変)と思うのに
50キロほどの風を受けても耐えられる!

どうなっているのだろう、蝶の翅は。

アスベスト健診

今日は
半年に一回のアスベスト健診の日。
予定は2時からで、いつも姫路のマリア病院で受ける。

私はいつも早くに行って
2時の診察時には、全ての検査が済んでいるようにしている。

今日は、いつもと違う道を走って見ようと
少し早く家を出た。     

いつもは、新宮から南に下がるが
今日は北に上がって見ることに。  

山崎の手前で
(夢前方面)と標識が出ているので、それに従って走る。

始めは、片道一車線の広い道路で
進むにしたがって細くなり、
その内に、車が一台通れるかどうかギリギリになった。

所々、広くなっているのは
対向車対策か。

ヒヤヒヤしながら峠を二つ越えると
やっと29号線に出た。
姫路から行くと山崎の懸かり、そこから夢前に抜けて行く。

ついでに
夢前の畑に寄って見ると
そろそろ、草を刈る時期に来ている。
そこから香寺のマリア病院までは直ぐ。

着いたら一時ジャストで
受付をすると、すぐに検査が始まった。
レントゲンから始まって
CTなどいろいろ。

そのあと、待っていると、いつの間にか座ったまま転寝。

気が付くと、私の前の人が呼ばれた処だった。
私の番になり、検査の写真を見ながら説明がある。

以前から訴えていた
(水中で呼吸をしているような感じ)についても
今までは
その兆候は無いと言ってもらっていたが
今回は、写真を見ながら、このところに出ている、と言われた。

石綿(アスベスト)と塵肺の、混ざり合った兆候が出ている、と。

(ああ、段々出て来たか)、
不安な気分を抱えたまま、帰途についた。

定番の庭仕事

今年になっても、チョイチョイ、
庭の仕事はあったが、いずれも飛び入りの仕事で

定番は今日が初めて。
香寺の庭。

相方の木村さん宅に、朝6時半に行く。
そこから、連れ立って香寺まで。

松が4本、モチの木と樫(かし)、そして大きな金木犀が1本。
金木犀は、あまりにも大きくなっているので
小さくする。

いつものように、私は松に、
相方はモチの木に取り掛かった。

松も、そんなに大きくないので、昼までに2本終った。

相方は、モチと、樫、さつきを昼までに仕上げて
昼からは、金木犀に掛かった。

朝のうち、雨がショボショボしていたが
昼からは、お日様も出て良い天気になった。
その上に
昼からは奥さんが出て、切り枝の片付けをして下さる。
切り枝は、「横の田んぼに捨てといて、少し乾いたら焼く」とのこと。
その分、大いに助かる。

お陰で、5時前に終れて
帰りは、初仕事の達成感で気分がよく、おかげで歌までとび出した。

白菜の種まき

秋野菜の種を蒔く季節になった。
今日は白菜の種まきをする。

先日、佐用のアグロで
買って来ていた土を、水で湿らしてポットに詰める。

今年のポットは、昨年のより
一回り大きい。

2袋の土が、
用意していたポット144個に全部収まった。

ポットの上5ミリほど空けて土を入れ、種を蒔く。
1個のポットに2~3粒。
全部蒔いてもまだ余ったので、もう一度同じくらい蒔いたら、1袋の種が終った。

その上に、ポットの上まで土を入れて水をかける。
これで種蒔きは終了。

後は、芽が出てきたら間引いて、一本仕立てにし、
本葉が5、6枚になったら定植する。

それまでに、畑をキレイにしておかなければ。
忙しい。

土運びをする

昨日、宝塚に行っていたら

神吉さんから電話があった。
川東(かわひがし)のイチゴの土が出ている、と。

今日、小雨がショボショボしていたが、病院から帰ると、取りに行った。

打ち続いた雨で
タップリと水を含んでいる土は、半分でもそこそこ重い。

昼までに一車分、畑の果樹にやると
作業着がベトベト、
昼に洗濯をして、休んでいると、天気が良くなったので、外に干して又出かけた。

ニ車目も、尾崎の果樹にやったら
果樹の半分くらいが済んだ。

三車目は、家のカミの畑に播く。

全部終ったのが6時過ぎ、
また作業着はベトベト、風呂に入って買物に行き、
夕飯を食べたら、又、バタンキュー、と幸せ気分。

もうすぐ虫の音も聴こえるだろう。

30数年ぶりの宝塚

今日(25日、月)は
長女と孫娘、そしてかみさんと
宝塚歌劇 花組公演「エリザベート」を見に行く日。

宝塚スチール

朝早く大原を出て、姫路へ。
娘達は昨夜から姫路に来ている。
私が姫路に着いたのが7時過ぎ、まだ娘達は寝んでいた。

私は時間があるので、しばらく横になっていると
娘達が起きてきた。

8時半にタクシーで姫路駅へ。
そこから読売バスツア-で、9時出発。
加古川、土山でお客さんを拾う。

宝塚ホテルでフレンチの昼食後、宝塚大劇場へ。

30数年ぶりの宝塚は、大きく変わっている。

劇場が大きくなったようで、
何よりも駐車場が広くなって、それも、劇場入口のまん前。
分かり易く便利だ。

大劇場に入ると、広くてゆったりした感じ、

席に着くと間もなく、1時で開演。
2階のS席。
舞台から離れていたし、前知識もなかったので、何の話かさっぱりわからない。
ただ声が大きく、がなり立てている感じで、

1時間後の休憩まで、そんな感じが続いた。
休憩の時、よくよくパンフレットを読むと
熱演の中身が、おぼろげながら分かってきた。

その後は、それなりに分かって観劇に浸る。

孫娘(中2)は、いたく感動した様子で
終ると、かみさんが公演のガイドブックを買って渡した。

宝塚②

圧巻のフィナーレは
いつ見ても華やか、何かに酔わされたようで
高揚した気分になって、帰りのバスに乗った。

久しぶりに、若いパワーに触れた感じで気分がいい。

姫路に帰ったら、現実が待っていた。
その足ですぐ大原に戻ったら、夜の8時半で、

ココに戻れば、又、何時もの気忙しい毎日が待っている。

稗(ヒエ)取り

空はどんよりと曇っている。

今日は稗取りをする日と決めていた。
雨が降っても必ずやり遂げる、
とばかりの固い決意で、田んぼに行った。

尾崎の田んぼの稲が、所々、倒れかけている。
よく見ると
鹿が入って、踏み込んでいる所がある。

自然に倒れた稲は
一定方向に倒れているので起こし易いが
鹿が踏み込んだ所は、ぐちゃぐちゃになっていて手の付けようが無い。

これも想定の範囲内、
と自分を納得させて、ヒエ取りを続けていると

一時間もしないうちに雨が降りだした。
今の雨は暖かいので、濡れてもどうってことはない。

暫くすると止んで
太陽が出る状態ではないが、着ているものが乾きだす。
暫くすると、又、雨。
そして止む。

これの繰り返しで、昼までに半分済んだ。
夕方までに全部取り終えて
これで一段落。

あとは田んぼを乾かして、センターに刈ってもらうだけ。

今年の夏ももうすぐ終わる、
さー、秋に向かって準備開始。

鹿の交通事故

病院の待合時間に
「松本さん」と話しかけてきた方がいる。

顔は時々見る方だが、名前はわからない。

その方曰く
「あんたとこの田んぼに鹿が入ったらしいで」

「私とこの田んぼはオープンですから」と答えると
 その方にやりと笑って
「その鹿、道路に出たとこで自動車に跳ねられたそうや」と続けて
 今度は慰め顔になった。

私としては、返す言葉がない。
田んぼが荒らされたのは我慢できないが
その鹿が、交通事故で昇天したとは。

でもなんと言うか、幾分溜飲が下がった気分ではある。

周りの田んぼは、みんな防獣網を張っているのに
私の田んぼだけ張ってないから
この事故の責任は、半分は私かも。

それはとにかく
これで鹿が出なくなれば、万々歳。

被災地に空巣とは

集中豪雨で土砂崩れが起きた広島で、
避難して空家になっている家に、空巣が入ったと報じていた。

私は、これを聞いて心が凍る思いがした。

大変な目にあった家に
支援物資でも届けるのなら分かるが

僅かに残っている物を持って帰る、なんて
およそ人間のすることではない。

やりきれない気持ちになった。
そして
家に残っている人にも、警官を名乗って、避難せよと言ったという。
留守にさせて空巣に入るためだったとか。

これが人間仲間と思うと情けない、全く。

降り分ける雨

雨が続くので
気分転換に車で出かけた。

大原は土砂降り、
トンネルを抜けると小降りになって、
佐用のインターを過ぎると、道路が乾いている。

三日月から田園科学都市科学に抜ける。
ここで又土砂降り、
相生に降りるとカラカラ、上郡に着くとまた大雨で、

上月に入ると、またカラカラ。
そして、佐用の中頃を過ぎるとポツポツ降りだし、

大原に戻った時にはまた雨、
休んでいたら、いつの間にか眠っていた。

気がつくと雨は上がっていたので
一枚残っている田の、畦刈りに出かけた。
それが済むとちょうど5時で、空は又黒い雲に覆われだした。

あーあ、明日の天気はどうだろう。

通院だけの一日

今日も朝から雨。

予定の仕事が山ほどあるが、恨めしく空を見上げる。

ああ、こんな日にピッタリの用事があった。
それは月に一回の通院で、薬を貰うこと、

いつもは、6時半に順番取りに行って、8時半には受付を待っていたが

毎日行くリハビリの心算で、8時半を回って行った。
これが大誤算で

患者さんが山のように待っている。
「あ、しまった」と思った時には後の祭りで、

延々と待って、やっと処置質に呼ばれた。
血圧測定と採血をして、リハビリの用紙を渡される。
リハビリが終れば3/1が済む。

それから眼科、
待っていると、壁にポスターが貼ってある。
それには
「たまにはウインクをして見ませんか」

私は素直なたちで、すぐにしてみた。
そのポスターに向かって。

右の方はそこそこ見えるが
左は、ポスターの女の人がカスんで見える。

そのことを、早速、診察のとき言ったら
「調べましょう」と言って、
始めに裸眼で、その後いろいろなめがねを掛けてみたが
どれもぼやけてしまう。

「ない方が良く見えます、下まではっきり見えるメガネはないですか」
 と聞いてみた。
「そんなの有りません」看護師が答える。

先生は気を使って、いろいろ言ってくださったが
要は、このまま様子を見ましょう、となった。

次は内科、ここは患者さんが一番多い。
暫く待って、診察。
既に3時間が過ぎているのにまだ呼ばれない、来た時の厭な予感が当たった。
11時過ぎ、やっと呼ばれて診察時間は3分30秒。

これは早くて良いわい。
薬局で薬を貰うと、12時を回っていた。
まだ雨は降っている。

今日は(休みの日)、と決めて
アイの魚屋で、刺身を買い込んで帰りささやかな酒盛りをした。

病院に行っただけ、の一日。
これもいい。気にしない気にしない、元気だったらいい。

庭が見違えるように

家島から帰ってみると
庭がキレイになっている。

仕事が一息ついたらきれいにしなければ、と思っていたが
それがすっかり綺麗になっている。

一瞬どうなっているのか、と思ったが
かみさんが来て綺麗にしたのだ、と気が付いた。

道具を下ろすと、
すぐ田んぼの畦刈りに行って、尾崎の畦を済ませた。
6時を回っていた。

それから
ご飯を炊こうと炊飯器を見ると、もう炊けている。

いつもは、ご飯を仕掛けて風呂をつけ
マッサージチェアーでひとコースすれば、風呂が沸き、ご飯が炊ける勘定になっている。
が、今日はご飯が炊けていたので

風呂の変わりにシャワーを浴びて、夕飯にした。
こうして、目まぐるしい一日が終った。

家島に渡る ③

二日目は、幹を玉伐りにするだけ。
簡単に出来ると思ったが、左に非ず。

相方が伐っていると、カタカタ音がして伐れないと言う。
覗いてみると、金属のように光っている。
鋸が切れなくなったので、私が伐ることになった。

回りから少しづつ慎重に伐っていく、が
これは時間がかかる。
やっとグラグラしだしたので

掛矢を作って打ち込んで見たり、手で揺さぶってみたりして
どうにか伐り外すことが出来たが、

なんと
中から出てきたのは、直径1センチほどの棒鋼(ぼうはがね))だった。

木が小さい時、
支えに使っていた棒鋼が、そのまま放置されて、巻き込まれていたのだ。

お陰で、鋸の刃が駄目になった。
相方の鋸がカタカタしたのは、コヤツのせいだった。

こうして
押したり突いたりしながら、全ての仕事が終ったのが10時で、

家島港に行って、11時のフェリーに乗り、
12時に飾磨港に着いた。

海を渡った上に、泊の付いたこの大型の庭仕事。
暑かったが、達成感があって嬉しかった。それから一路、大原へ戻った。

家島に渡る ②

目的の木は
目通し50センチはある大木、
それが、周りの住宅の屋根に被さっている。

私は上の枝から伐って、下の枝に乗せ
それを幹に沿って引っ張り降ろす、という戦略を取った。

始めに一番上の枝を伐って、
下にいる相方に、ロープで引っ張って降ろしてもらうと、巧くいった。

それを次々繰り返して
夕方までには、要らない枝は全部伐り落とす事が出来た。

目一杯頑張ったら、7時前になっていた。
それから旅館に行った。

旅館は、汗ズクズクになった私達を、気持ちよく迎えてくれた。
客は私達だけで、
「気を遣わないで、ゆっくり休んで下さい」
 とありがたい気遣いの言葉。

お風呂に入って、それから食事。
カンパチの活き造りとメバルの煮付け、どちらも大変美味しく、ビールもすすむ。

幸せ気分で寝床に入ると、バタンキュー。 (続けます)

家島に渡る ①

先日、相方の木村さんから電話があった。
家島(いえしま)に仕事が出来たと。

家島町は、今は姫路市に合併されているが、以前は兵庫県飾磨郡家島町といい、
姫路の南の瀬戸内海に浮かぶ家島諸島のことで
西から西島、家島、男鹿(たんが)島などからなる。

家島は真ん中の1番大きい島で、通称「えじま」。
西に小豆島、東に淡路島がある。

「船で行って、一晩泊まって昼前に帰ってくる」
 そうで、全部で三人役の仕事。

帰りの船は、家島午前11時発なので
1泊して、それまでに仕事を済ます予定にして

20日(水)の早朝、
水や着替えを持って古町を出発した。

姫路の相方宅に寄って、道具を積み込んで飾磨まで行く。
飾磨に着くと、施主が待って下さっている。

私は知らないが
この人は、木村さんの会社の方で、この仕事を依頼した方らしい。
それぞれ挨拶をして、この方達は客船で島に向かう。

船が出たのは午前8時。
それから1時間、美しい瀬戸内海を見ながら、海風に身を任せて進む。
爽快この上ない。

しかしこの船、お客用の席がない。
他の車のドライバーは、自分の車に乗ったまま、家島に着くのを待つ。

私と相方は、車から降りて潮風に吹かれながら
家島までの景色を楽しんだ。

島に着くと
相方は先日、下見に来ているので
おぼろげながらの記憶を辿っていくが、とにかく、道が狭い。

その上、単車が無茶苦茶に多いのだ。
いつ飛び出してくるかわからない。
慎重な上にも慎重に運転して、目的地に着いた。

そこには大きな木が聳えていて、回りは住宅。
これを伐って、駐車場にすると云う。

見ていると、その内、神主が来てお祓いをする。
お神酒が一升、撒かれる。
あーもったいない、一合ほどでいいのにナー。

そして、いよいよ仕事にかかった。 (続けます)

スイカのツル揚げ

うち続く雨で
スイカのツルが傷んで仕舞った。
見れば、スイカがごろごろしている。

その内、カラスが三個ほど突っついている。
放っとけないので、全部収穫した。

大玉と小玉を一緒に植えたので、大小さまざまで数にして20個もある。

試しに割ってみると
良く熟れていて、甘くて旨い。

ツル揚げしたスイカは、当たり外れがあるので、人にあげる事はできない。

自分でぼちぼち始末していくしかないが
20個はちょっと多すぎる。

稗(ヒエ)を取る

田植え後、20日ほどして八反を押した。

その時、目についた稗(ヒエ)は、きれいに取ったつもりだったが、

今では
取り残しや、その後に生えたものが
稲の上に顔を出して、我が物顔で威張っている。

去年は、稲が全滅的に倒れて稗取りが出来なかったので
今年は沢山生えるだろう、と覚悟はしていたが

なんと、覚悟した以上に生えている。
あんまりめんどいので、取ることに。

稲は、今のところ、
一坪ほどが三箇所倒れているが、他は立っているので歩き易い。

もう2週間ほどすると、稲刈りなので
穂先だけ取ることにする。

ところが稗は
稲と違って、茎の途中からも穂を出している。
これが厄介者。
どうしても取り残しが出来る。

半日で三畝ほど取ることが出来た。

土を貰う

尾崎で仕事をしていたら

神吉さんが車を停めて
「西山に土が出とるで」と教えてくれる。

その後すぐ
一江さんが車を降りて、同じ事を言われたので
リハビリから帰ると、すぐ土を取りに行った。

2棟あるハウスの内、1棟分が出されている。
不要になったイチゴの親株の土。
ざっと見て2台分。

半分を積んで、家の下の果樹の根本と
今、気合が入っているブドウの下に一番に入れる。

今年は木が若く、実をつけなかったが
来年はそこそこの房をつけるだろうと、期待を込めて入れた。

その後は、気の向くままに撒いていったが
2台分で、下の果樹の根元は、撒き終った。

毎年、こうして貰って入れている。
おかげで、どの木も元気に育つ。ありがたい事だ。

熱中症になったおばあさん

病院で待っていると
ニコニコ笑いながら、近付いてくるおばあさんがある。

下の田んぼを作っている
本田のおばあさん。
でっぷりした感じだったが、スリムに見える。

「どうしたん」、と声をかけると
横に座って、
「熱中症になって、やっと元に戻りかけた」と言う。

聞くと、
「田んぼの畦を刈りに行って
 仕事を始めたらだるくなった。それから気分が悪くなって」
 と、その時のことを話される。

他人事ではない、
と自戒しながら話し込んでいたら、呼ばれたのが分からず

先生が来られて、受診表を渡して貰ってやっと気が付いた始末。
熱中症か、自戒自戒。

畑が大草

1ヶ月ほど前、
きれいにして堆肥を施したサトイモと、続きに植えている葱が
すっかり草に覆われている。

今日は雨の予報、
厚い雲が垂れ込めているが、雨は降っていない。

病院から帰って
すぐに着替えて畑に。

時折り、ザーッと降ることもあるが、すぐに上がる。
まるでスコールのようだ。

今日は、何としてもこの大草の大群をやっつけたい。
そんな思いで、昼までに半分ほど済ませた。

作業着は汗でズクズク、
洗濯機にかけてその間に昼食をとる。

フランス料理のフルコースと違って
こちとらの食事は、早く済む。
食事が終っても、まだ洗濯は終わらない。

洗濯が済む間に
先日播いた、インゲンと人参が芽を出しているか確かめる。
ここも、これまた大草になりかけている。

この程度なら早く済む。
そこの草を始末した頃、洗濯が終った。

それからは、昼までの続きを頑張った。
夕方までに、無事に予定の作業が終了。

隣のスイカを見ると、
蔓が上がって、あちこちにスイカがごろごろ。
一番大きなスイカが傷みかけていたので、これだけ採って帰ってきた。

今日は古町の夏祭り。

気分は、夕食後行ってみるつもりだったのに
夕飯が終ると、朝からの奮闘が堪えて、そのままバタンキュー。

気が着いたら九時を回って、祭りは終っていた。

夏祭り見物は
来年まで持ち越しとなった。しまったしまった、残念無念!

ぶどう狩り

14日(木)午前、
愛媛から帰ったその足で
昨晩、大原に来た次女と孫娘を連れて
尾崎の私の農園で、ぶどう狩りをする。

ぶどう狩り①

ぶどうは、ちょうど取り頃。
二人の孫娘は、目を輝かせている。

ぶどう狩り②

ブドウの房を、鋏で摘む時の真剣なまなざし、
食べる時の嬉しそうな顔。
私の思い出が又一つ出来た。

横の桃も、最後の分が熟れていて収穫する。

桃狩り②

スイカは、この4日間で幾つも駄目になっていたが、いくらか収穫できた。

ぶどう狩りの後
孫がプールに行きたいとせがむ。

鳥取砂丘とサンドミュージアム行が、クアガーデン行になった。
お盆でごった返していたが、楽しく過ごせた。

私は水着で入ったが
寄る年波、とても泳ぐ気にはなれず、孫の周りをうろうろして過ごした。

夜になって
皆は姫路に帰り、
又、いつもの静かな家に戻った。

ホッとしたような、淋しいような、嬉しいような。

故郷愛媛行 ⑥

4日目の朝。
今日で、この旅は終る。

発つ前、ホテルの前にある土産物店をブラつく。

帰ると、皆、玄関で待っている。

長女家族は、しまなみ街道から山口へ。
次女の婿は、男孫と、徳島道を通って東京へ。

私達夫婦、次女と女孫二人は瀬戸中央道経由で、姫路へ。
と、別れて走る。

私は道後から東に走り
川内インターから松山道に載せ、
石鎚SAで一休み、香川の豊浜SAで昼食をとって

一路姫路へ。

いつもの事ながら
岡山の吉備SAまで帰ると、ホッとする。

吉備SAでゆっくり休んで、姫路に着いたのは17時前。
次女が帰りの新幹線のキップを買いたいと言うので、姫路駅に寄った。

家に着くと
私は先に大原に戻り、
まず、4日間空けた田畑を見回ってから
追いかけてやって来る、かみさんや娘達を待った。

9時頃、皆がやってきて
いつもは静かなこの家が、一辺に賑やかに、

仏さんに明かりを入れたら、又一段と何時もとは違った家になった。

今回の愛媛行は
台風襲来真っ只中での強行帰郷の上に

私たち、娘ふた家族、計11人の大所帯、
待つ方の姉や兄達には申し訳なかったし、言葉に出来ないくらいの気苦労をかけた。 

本当にお世話になり、ありがとうございました。

しかし、孫達は何もわからないだろう。
が、楽しい想い出になっていたらいいが、と心から思う。

今年の夏もこれにて終了!!!



故郷愛媛行 ⑤

ホテルは8階。
窓から、道後温泉の本館が見える。
夏目漱石の小説「坊ちゃん」に出てくる温泉である。

せっかくだからと
この温泉に行った。

昔は広く感じたのだろうが、今ではそんなに広くは感じない。
(坊っちゃん泳ぐべからず)の張り紙がある。
この温泉、本当に良く温まる。

ホテルに帰ると、直ぐに夕食。
長女が予約してくれたが、家族だけの大部屋で、落ち着いた時間が過ぎる。
食事をしていると、女将が挨拶に来てくれた。

花ゆづき①

花ゆづき②

私が
「お世話になります、何年か前にもお世話になったことがあるんですよ、
 その時大変よくしていただいたので、今回もお世話になりました」
 というと、嬉しそうな顔をしてくれた。

ホテルの浴場は11階、
松山の夜景を見ながら湯に浸かる、何とも気持ちがよかった。 (続けます)

故郷愛媛行 ④

3日目(13日)は
松山の道後温泉に宿泊予定で

城川からまっすぐ行けば、2時間足らず。
なので、3台の車は別れて
それぞれ途中で時間を潰すことに。

私達は、かねてからカミさんが宇和島が見たいと言っていたので
甥に聞いていた「宇和島市立伊達博物館」へ。
宇和島城のすぐ下にある。

幕府が伊達政宗の力を恐れて、機嫌をとって分家、
さらに宇和島から分家した、吉田三万石の伊達家が、赤穂の浅野家と、同じ勅使饗応をした藩だ。
私の故郷は、この吉田藩の領地であった。

続いて
藩主の庭園「天赦園」を散策。

伊達の先祖が藤原鎌足というところから
6基の藤棚や、
伊達家の家紋「竹に雀」に因んだ19種の竹や笹が植栽されていて

しっとりと落ち着いた大名庭園に心が和む。

天赦園②

①天赦園

昼前になったので
近くにある回転寿司「すしえもん」に寄った。

席に向かって歩いていると
「お父さん」、
見ると次女の家族で、食事が終った所だった。偶然!

食事を終えて、一路松山に向かう。
泊まるホテルは、道後本館のすぐ前の「花ゆづき」、
天気も回復して、気分良くホテルに到着した。 (続けます)

故郷愛媛行 ③

2日目。

宝泉坊ロッジの下を流れている川が
台風のせいで濁って、水嵩も随分多い。
昨朝は、さぞかし怖かったことだろう、と推察する。

朝食を済ませて、二番目の姉の家に行く。
近いが車で行った。
私達夫婦と、娘二人の4人。

私は毎年会っているが、
かみさんや娘達は5年ぶりで、姉も大変喜んでくれた。
この姉、足が悪くて歩けない。
毎日テレビを見て、時間を過ごしている。

この姉は
私が子供の時、母代わりに遠足の弁当を作ってくれた姉で
話していると、不覚にも涙がこぼれそうになり
それを潮時に、昼前に辞した。

それから
三姉宅で、三々五々昼ご飯をいただき、
宝泉坊ロッジに戻って、
それぞれ温泉に入ったり、走ったり、長男孫は剣道の素振りをしたりして寛いだ。

夕飯は、甥が用意してくれた料理屋「ちゃぼ」に行く。
そこには、二姉の長男や次男夫婦、三姉夫婦その孫、孫夫婦等も参加していて、
またまた賑やかな大宴会になった。

こうして予定の二日間は
アッと言う間に過ぎた。 (続けます)


故郷愛媛行 ②

お世話になる三姉宅は
姉夫婦と、長男夫婦そして孫娘の5人家族。

今でいう、ニ世帯住宅である。

今回、当方は11人と大人数なので
宿は、すぐ近くの宝泉坊ロッジにお願いする。

姉達は、迫る台風のため
私達が、行けるかどうか、迷いに迷ったらしく
何日も前から
何度も何度も電話を掛けてくれた。

こんな事はこれが最後だ、
と思った私は、強行したのだが、三姉夫婦や姪達には大変な迷惑をかけた。

夕飯は、皿鉢(サワチ)料理でもてなしてくれる。
近くにいるすぐ上の姉夫婦も来てくれて、賑やかな宴になった。

故郷の味も懐かしいが
皆が交わす言葉が、懐かしい。
こんな場所に身を置ける私は、幸せ者だ。

いやー、故郷の良さがつくづくと身に沁みて嬉しかった。  (続けます)

故郷愛媛行 ①   

10日の朝、姫路に戻った。

前日、東京から帰っていた次女夫婦、孫3人と会う。

何年ぶりかで見る孫が
大きくなっているのにびっくりした。

今年高校に入った長男孫は、身長が伸び、声変わりして
すっかり大人の風情に、

下の女の子二人は、3年生と2年生。
始め、下の孫を抱き上げたが、まだ抱くことが出来た。
続いて上の孫、1年10ヶ月違いだが、大いに違う。

やっとこさ、抱き上げることが出来た。
嬉しかったが、孫のほうはいささか迷惑そうな顔をしていた。

台風11号襲来の真っ最中、
ザーザーの風雨で傘が飛ばされそうな10時半、2台の車で姫路を出発。

瀬戸中央道が
台風で通行止めの為、西のしまなみ街道を渡る。

もう直ぐ今治、という「来島SA」に昼食に寄った。
食事が終りかけた頃、次女の携帯が鳴り、

山口の長女から
「今、どの辺」
「来島SA」
出発場所も、出発時間も違うが合流が同じ長女の車が、同時に同じSAに来ていると分かった。

長女は夫婦と次男、長女の4人、
長男孫は、学校の関係で、残念ながら今回は来られない。

長女の車は、先に出発。
私達も間なしに出発し、一走りして、
6時間余で、5時前に西予市の姉宅に到着した。 (続けます)

遅い台風

台風11号がきている。
あとで発生した12号は、とっくに消滅したのに。

予報の円では
この辺りは中心になっている。

昨日までの雨の降り方は、
降ったり止んだりの繰り返しだったが、昨日からは、続けさまに降っている。
でも、何年か前の台風23号のような激しさはない。

あの時は、休みなく降り続く雨の音に
恐怖感を覚えた。
あの時、近くの佐用町では、20名の方が濁流に呑まれ亡くなった。
それは夜の9時過ぎのこと。

あの雨は
一晩中降り続き、明くる日、この辺一体は
稲も野菜も何もかも、大変な状態になっていた。

今回は、連続的に降ることに変わりはないが、雨脚が弱い。
そして時折、休む。
これが、前の時と違う。

もう一週間も
弱い雨がずーーーッと続いて、何にも出来ない。

身体にカビが生えてくる感じがする。

事故処理やっと終了

4月21日に起きた、車の貰い事故。

あれから
毎日のように、リハビリに行ったが
一度この辺で様子を見たら、と医師から言われたのが、3日前。

保険屋さんに電話で伝えて
今日、最後の健康診断を受けた。

左肩に、まだ痛みはあるので
以後は、普通の保険で診てもらうということで
3ヶ月余かかって、とりあえず終了となった。

が、釈然としないのは
痛むので、まだ病院通いが続くことだ。
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プロフィール

Author:松本直美
定年後、岡山・美作で農業を始めて18年。
米作りだけでなく、野菜や花、
果樹、造園についても書いていきます。
造園技能士一級の資格を持っています。

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