山茶花(さざんか)に虫

今日剪定に行った先は
姫路市別所町別所。4年前からの家。

初めて行った時は
おばあさんが居られて
「幾らかかってもいいから、キレイにして下さい」と言われた。

その時は、
本当に荒れ放題で、
相方と2日かけて取り組んだ。

その時、おばあさんが、
「本当にキレイにしていただいて
 有難うございました。
 これで、何時死んでも極楽に行けます。」と言って下さった。

そのおばあさんも2年前に亡くなって
今は娘さんが住んでおられる。

庭は、その時と違って
キレイに手入れがしてあり、整っているが、

庭の隅に植えてある山茶花を、よく見ると
下2枝の葉っぱがなくなっている。
蕾は沢山つけているのに...

虫にやられたのだ。

葉ッぱのない所の蕾は、全部切り詰め、
終った後、消毒をして帰ってきた。

残りの枝が
どうかキレイに花を咲かせてくれますように。

コメントのお返事

バベガシの記事に
早速コメントを頂き、ありがとうございました。

以前、カミさんに
コメントの返事の仕方を教えてもらったが
忘れてしまい、あらためてその時 聞いたおじいさんの話を少し。

おじいさん、ひとり暮らしで
日々の思いは、この暮らしの不安のことばかりだとか。

子供さんはないし、

先々のことを思うと、
病気になった時が一番不安です、と言われた。
それはまあ、誰でもそうだが。

さてバベガシ、
樹齢は今年で86年になるとか。

自分は今年83歳になるが、
ばあさんに聞いたところでは、バベガシは私より3つ上との事だった。

この話をされる時
おじいさんの頭の中には
おばあさんとの会話の情景が、浮かんでいたのでしょうね。

このように
庭木の一本一本には
施主さんそれぞれの思いが込められているので

私たちは、
その思いを大切にしながら剪定に携わっています。

(バベガシを切り詰めた)相方の剪定法は
適切だったので、
「枯れたりはしないから安心してください」と
念を入れて話し、納得していただいた。

以上、簡略ですがお返事です。

大暴れのバベガシ

今日も
別所の佐土で、昼までの剪定仕事。

前が旧国道で
そちらのの面に、金木犀と樫、槇(まき)、カイヅカイブキがある。

そして、裏にバベガシとサツキ。

表の木を済ませて、私は片付けに回り
相方が裏のバベカシの剪定に回った。

この家は、おじいさんのひとり暮らし。
奥さんが10数年前に亡くなってから、ひとり暮らし。

この庭に入っていた
前の庭師がやりっぱなしで

後片付けは
おじいさんがされていたようで
今日も、米の空き袋を沢山用意しておられた。

私が片付けをしていると、
裏からおじいさんが
バベカシの枝を一輪車で運んでくるのだが

その時
「こんなに切ったら枯れてしまう」
と、独り言が聞こえた。

気になって裏に回ってみたら
何とこのバベガシ、
オゴりにオゴって大暴れしている。

さすがの相方も
枝透かしを始めた。

私が「大丈夫ですよ」と言ったら
少し安心されたが
やはり心配らしく、この木の由来を話し出された。

みんなそれぞれに、思い込みがあるのですね。

でも、すっきりしました、裏庭が。

希望通りにはいかない

今日剪定に行った先は
4年目の庭。松が3本ある。

五葉の松が1本、黒松が1本、
そして赤松。
五葉の松は先日済ませている。

この時は、五葉の松を済ませた時、
雨が降り出して帰ったのだが、今日は黒松から始めて終わったら昼。

昼から赤松。
これは、やり方がいくつかある。

私は、松が育つのに最低の条件を保つよう、剪定している。

この庭の松も
他と同じようにしているが
主人が出てきて、いろいろ注文をつけ出した。

実は、この庭の松は
相方の親方が手がけていた物で
周りから(芋ずる松)と蔑まれていたもの。

わたしが手がけて3年、
今、やっと芽が上向きになってきた処だが、

いろいろ知識を得て、言うて来る。

そこで、始めのことを言うと
その後は、
だんまりを決め込んでしまった。

自然に対して、すぐに変わるなんてないんですよ。
気持ちは分かるが・・・

そのことを話していると
そんな先まで生きていない、と言う。

何もあせることはない。
生きている内にきれいになりますよ。

堆肥の中から子供の宝物

春先に、堆肥を沢山買って
それを少しずつ使っているが、

その上に
ナタ豆の棚を作ってからは
堆肥の上にブルーシートを掛けて、ひと夏すごした。

先だって、エンドウの床を作るため
久しぶりに堆肥を撒こうと

掘ったら、中からカブトムシの幼虫が出てきた。
それも半端な数ではない。

この春、円山に桜を植えに行った時
手伝いに来ていた酒井さんの子供さんが、
幼虫の飼育をしている と言っていたのを思い出し

空いた鉢に取って
家まで持って行ったら留守だったので、持ち帰り
又、昼に持って行ったら

おじいさんが出てこられ
大変喜ばれて、エサになる堆肥も欲しいといわれた。

私も快く承知して、
まだ、堆肥の中に沢山幼虫がいますよ、
と言って帰ってきた。

そのあと
尾崎の畑に小芋を掘りに行っている間に、来られたらしく
帰ると、子供が6人ほど来て
キャーキャー大はしゃぎしている。

ナタ豆の棚の下では
おじいさんが堆肥を掘っておられ、
中から沢山の幼虫が出てきて、はしゃいでいるのだ。

私にとっては害虫だが

子供達にとっては、宝物に見えるらしく
嬉しそうに喜び勇んでいる。

見ていると
私まで嬉しく
はしゃぎたくなった。

元気な子供の声を、久しぶりに聞きました。

茸が庭に

庭の隅に
キノコが出てきた。

きのこ


いかにも食べられそうな感じのキノコ。

でも
私には、毒キノコとの見分けがつかないので
食べるような勇気はナい。

そこで、ふと気がついて
裏の榾木(ほだぎ)のシイタケを見に行ったら、こちらも何個か出かけている。

もうそんな時期になったのですね。

畑の春菊も、そろそろ収穫出来そう。
明日は鍋にでもしますか。

早いものです、月日の流れるのは。

ニンニクに芽が

今年収穫したニンニクを置いていたら
半分ほどが下に落ちていた。

それが
このところの降り続く雨で
湿り気を取り込んで、芽を吹き出した。

それも1個や2個ではない。
固まって、わーっという感じで
出て来た。

この芽を食べても良いが
畑に余っている所があるので植えた。

が、それにしても沢山のニンニク
収穫したら、何に使えばいいか、今から思案のしどころです。

黒豆がやられた

4日ほど大原を留守にしていた。

尾崎の畑に行くと
どうも様子がおかしい。

良く見ると
黒大豆の木が倒れている。
台風の雨風のせいかと思って良く見ると
ついていた莢(さや)がない、皆。

それこそ一つもないように
イノシシに食べられた。

周りは、高い石垣と網で囲っている。

調べてみると
網の柱の1本を倒して、そこから入っている。

これで
半年間世話をした苦労が、全部パーになった。

先日見た時には
枝豆で食べるのなら今が食べ頃、と思ったが、

熟らしてからにしよう
と思ったのが裏目に出た。

倒れた柱は、国道側にあったので
(まさか国道までイノシシは来ないだろう)
と勝手に思ったのが、私の油断でした。

来年は、もっとしっかりした垣根を作って
美味しい黒豆を食べよう。

お伊勢参り ②

2日目は
いよいよお伊勢参り。

ホテルを出てまもなく
真珠の養殖と販売をしている店に立ち寄った。

私は、小さい時から
宝石類とはトンと縁がなく、真珠も良さ悪さが分からない。
これが野菜なら、一発で分かるのにな。

店の中を一廻りしてみたが
みんな同じに見えてしまう。

養殖に挑戦し成功した「御木本幸吉」という人には
敬意を表するが、真珠には興味が湧かず
出されたお茶だけ召ばれて、バスに戻った。

まず外宮(げくう)。
ここで40分。
森の中を散策といった感じ。

そして内宮(ないくう)。
ここではナント4時間の散策時間があって
これがこのツアーの売りである。

時々小雨が降ってきたが
気になるほどではなく、散策を始めた。

外宮に比べて
こちらの方が、森が深いという感じ。

今まさに今月、式年遷宮が行われて、
本殿が新旧二つ並んで建っている。

さすがに、
新しい本殿は黄金色に輝いて
隣りにある旧殿の苔むした黄土色をみると、素人にも遷宮の意義が理解できる。

さぞかし神さんも
新畳の匂いに満足されていることだろう。

本殿では
お賽銭を上げてお参りをしたが、ご利益は・・・

参拝を済ませると
おかげ横丁を散策する。

酒屋では
立ち飲みが行われていた(こんなことは、サッと目につく)。

この店の亭主、
実に酒飲みの心理を掴んでいる。
正味一合のコップに、並々と注ぐ。

酒が、コップの縁で表面張力するまで入れるので
得をした気分になるのです。

その、表面張力に口をつけて呑むように
ご亭主が勧める。
アテは塩。
小皿の塩をなめなめ呑むのだが、旨い。

後、五勺頼んで
快い気持ちになって
おかげ横丁を、ふーらふら ふーらふら散策。
時々、松坂牛のコロッケを買い食いしたり、、、

そのうちに雨も上がり
本当によい「たび」ができました。

お伊勢参り ①

21日朝早く、姫路の家を出た。

今日明日、1泊2日のバスツアーで
カミさんと伊勢神宮両参りをする。

電車で一駅乗って、姫路駅前7時20分集合。
時間通りに出発した。

途中、加古川と明石で
乗り合わせのお客さんを拾って、一路目的地へというわけ。

姫路バイパスに乗って暫くは、何事もなく走っていたが、
高砂辺りから動きが鈍くなってきた。

加古川に着いたのが20分遅れ、
さらに明石に着いたのが40分遅れになった。

添乗員は
そこそこ年増のきれいな方で
渋滞にも、落ち着いた対処だった。

名谷(みょうだに)SAで休んで一路東へ。

次の休憩地は関SA。
ここから5分ほどで関宿(せきじゅく)に着く。

関宿は、ツアー最初の観光地。

昔の東海道53次の中でも大きく、
今も昔の面影を残しており、それが売りになっている。
この町を40分ほど散策する。

私が住んでいる大原も
昔の宿場町で、
今も、本陣、脇本陣が残って、趣きがある。
毎日のようにそれを目にしていると

関宿の町並みを見ても、
それほどの感銘は受けなかったが。

次は二見ヶ浦、夫婦岩を経て
鳥羽天望台へ行く。
伊勢の海をぐるり360度眺めて、次はいよいよホテルである。

ホテルは
船で5分弱の離れ小島にあり
志摩の「風待ちの湯 福寿荘」、磯部わたかの温泉である。

ホテル専用の客船で渡ると、
浜では貝の網焼きをして、歓迎してくれる。

アツアツを頬張ると
これが旨い。
おかわりをしたいくらいだった。

ホテルは和室で、くつろいだ雰囲気になる。

温泉から出ると
待っていた夕食の時間になった。

広い会場は
部屋別のテーブル席で、沢山の料理が並んでいる。

内容は、海の幸が満載、
これで又太るなあ、とチラッと気にはなったが
せっかくなので、全部食べてしまった。

熱燗も3本。
いやあ、実に美味しかったです。

雨の一日

今月20日の話。

20日は、剪定の仕事が入った、と聞いていたが
朝から雨模様で
テレビでも、一日中雨と言っていた。

それでも、相方は一応出て来いと言う。
用意して出かけたが、雨は激しく降っている。

姫路の何時ものコンビニで合流。

ひどい雨に、やっと相方も納得し
今後の打ち合わせをして別れた。

21日は、朝早くバス旅行に出発の予定だったので
そのまま姫路で過ごそうと
朝7時過ぎ、家に帰ったものの
さて、することがナい。

撮り貯めてくれている映画を
次々と見て時間を潰し、1日を過ごした。

忙しい時は、ゆっくりした時間があれば、と思うが
いざ時間が出来てみれば、何と退屈なことか。

しかし風邪で弱った体力の回復には
よい1日になった。

タマネギとネギの草引き

今日(19)は久しぶりに
ゆっくりした1日になった。

畑を見ると
タマネギの苗床の草がひどいが、
隣りのネギの苗床は、もっとひどいことになっている。

タマネギは、
前に1度草引きしているので
まだ苗が見えるが、ネギの方は草しか見えない。

腰を据えて引くので
腰掛けを持ち込んで始めた。

一気に引くと、タマネギの苗も引けるので
そーっと丁寧に引いていると
昼までかかった。

昼からは
ネギの苗床にかかったが、こちらはもっと大変。

草が大きくなっている分
ネギのついて上がる分が多く、時間がかかる。

やっと終えたのが5時前。

今まで草の中で頑張っていたネギは
寄りかかっていた草をひかれ、
全部倒れて
一雨来ないと起き上がれない。雨よ来てくれ。

雪舟庭園

次に行ったのが常栄寺。
ここには、雪舟が築いた石庭がある。

常栄寺に着くと、
「まず本堂にお参りになって、それから
 裏のお庭を見てください」と言われた。

雪舟庭園
雪舟庭園入口

まだ朝が早いので、
おばさんが何人かで、掃除をされている。
本堂でお参りを済ませ、裏の庭に降りた。

広い空間が何段か設えられていて
大小の石が据え置かれているが、木は無い。

植栽された庭ばかり見てきた私には
何だか物足りなく感じられた。

これを見て
感銘を受けるようになるには、何年かかることか。

雪舟は、岡山県の総社市に生まれたと言われ
小さい時、お寺に預けられていたが

悪さをして板の間の柱に括りつけられていた時、

泣いてこぼれた涙を使って
足の指で描いたネズミを、和尚さんが見て、
今にも飛びかかろうとする本物の鼠と間違えた話は有名で
私も覚えていたが、

その才覚を見込まれ
絵の勉強をして、のちに中国に留学。

帰国して、大内正弘に請われ
山林を背景にして築いたのが、この常栄寺の石庭とか。

冬の雪舟庭は
水墨画の世界そのもの、といわれる由。

タクシーに戻ると、
「まだ朝が早く、開園していないところばかりで...」
と運転手さんは困り顔。

2時間のコースを予約していたが
このふたつで充分満足したので、1時間に変更してホテルに戻った。

瑠璃光寺(るりこうじ)五重塔

朝起きると
カミさんが、フロントで乗合タクシーを頼んだら
観光案内してくれる1時間と2時間のコースがあると言う。

いいなあと思ったので
朝食のあと、申込みをして一番早い8時出発に申し込んだ。

8時の客は私たち二人。
まず行ったのが「瑠璃光寺」。

途中、運転手さんが
いろいろ説明をして下さる。

着いた時「ここは1年半ほど前に来ました」と言ったら
張り切っていた運転手さんは、調子が下ったのか
がっかりされたのが分かった。

それはさておき、ここの五重塔、

瑠璃光寺2

大内氏全盛のころ
25代の大内義弘が、足利義光と泉州で戦って戦死したので
26代の盛見が兄の菩提を弔うために建てたもので

大内文化の最高傑作といわれる。

室町時代(1442年頃)の建立で
京都の醍醐寺、奈良の法隆寺と並んで、日本三名塔の一つである。

前に来た時は、まだ春浅く、
梅やサザンカも咲いて華やかだったが

今回は、紅葉前の静かなたたずまいで
周りを山に囲まれて建っている姿は、荘厳で
これまた深い感銘を受ける。

檜皮葺きの優しい屋根が
見る者を落ち着かせるのか、ほのぼのとした気持ちになった。

湯田温泉「西の雅 常盤(ときわ)」

道路標識を頼りに
山口市の湯田温泉街に入った。

温泉街というより
普通の町といった感じで、そろそろこの辺かなと思って
車を停めてみていると、

反対車線の向こう側に
お女将劇場の看板が見えた。ホテル西の雅 常磐。
カミさんが「ここや」という。

車を停めて部屋へ。
ホテルと言っても和風、落ち着いた感じがする。

早速、温泉に入って、予約した6時から食事。
食事は、テーブルに部屋別に用意されている。
バイキングと違って、ゆっくり出来る。

食事の途中、
大女将が各テーブルを廻ってて、8時45分からの
「女将劇場」の案内があった。

ここには3人の女将がいるという。
大女将、中女将、そして若女将。
女将劇場は、この3人でするのかと思っていたら

大女将と若い男女10人ほど。

和太鼓から始まって
踊り、マジック等々盛り沢山、メインは大女将で1時間余の熱演。

これが毎日だそうで
よく体力が続くことだと感心した。
因みにこの大女将、69歳とのこと。

宿泊客は殆ど観にきていたようで

この女将劇場、
新聞やテレビなどでも
たびたび取り上げられて有名とか。

平日なのに追っかけもいたりして

女将のサービス精神と相まって
息もつかせぬ楽しさ。

驚いたり、感心したりと
なんとも楽しいひと時を過ごした。

素晴らしい毛利氏庭園

周南を出て
西に向かって走りながら
高速に乗せるか下の道を走るか迷っていると、

標識に「毛利氏庭園」というのが出てきた。
カミさんが行きたいと言い出して、行くことに。

かみさん、8年前に
娘のお義母さんと1度来たことがあって
その時、売店にあった赤い風呂敷が気に入ったが、買わずに帰った。

後になって、それが残念に思えてきたが、どうすることも出来ず
今に至っている、という。

そこで、標識を頼りに進んでいくと
いつの間にか標識が出なくなった。

行き過ぎたらしい。

Uターンして暫く走ると、標識が出てきた。
ガソリンスタンドで聞いてみると
どうも
曲がるところを曲がらなかったらしい。

教えてもらった通りに行くと、庭園の駐車場に入った。

庭園の中に博物館もあり、両方入った。
中は広い。

毛利庭園
庭園入口

庭園は、大正までかかって完成したとかで、
岡山の後楽園のような、広々とした開放感はないが、実に見事な庭園で大満足。

カミさんも
念願の風呂敷(毛利家秘蔵の貝合わせの絵柄)が買えて、満足そう。
ひとあたり見て、次の目的地に向かった。

久しぶりの長距離運転

大原を5前に出て
姫路に着いたのが6時過ぎ。

少し休んでその間にカミさんが準備して7時に出発。

行き先は山口県の周南市。
長女宅に新米を届けるのです。

姫路西で山陽道に載せる。
「突っ走って4時間、休み休みで5時間」のコース。

カミさんが、もう歳だから、と盛んに言うので
出来るだけ休みながら行くことにして、

まず吉備サービスエリアで一休み。
ここは何時も立ち寄る所だが、
まだ朝が早いので、店は開いていない。

ここでコーヒーを買って出発。
次は小谷サービスエリア、
いつもはこの辺で眠気がつくが、今日はすっきりしている。

ここで少し時間をとって出発。
朝ご飯を食べていないカミさんが、軽い弁当を買った。

私にも食べろと言うが
朝ご飯を食べているので、欲しくない。

ここまでくれば2/3は来ている。
次は下松(くだまつ)サービスエリアで休もう。

下松に着いたのが11時、
そして周南の長女の家に着いたのが11時半。

孫達が、みんな学校なので
会えなかったのは寂しかったが

持って行ったサトイモや、サツマイモ、
特にパブリカは、
大層気に入ってくれた。

又、娘が「マッサージをしてあげる」と言って
してくれたのは、大変気持ちがよく疲れが吹き飛んだ。

それから、食事に連れて行ってくれたのが
山口名物の「ふく料理」、
これがとても美味しくて、食べ過ぎてしまった。

娘宅に帰り、一休みしたあと
次の目的地に向かって出発した。

草に負けた人参

病院から帰っても
まだ雨が降っている。
台風は、もう北海道に行ったというのに。

やっと2時頃には雨も上がった。
でも、霧雨みたいな雨が時々降る。

人参が、草に覆われているので
これだけでも片付けようと、合羽を着て草取りを始めた。

雨の後なので、草は引きやすいが
ついでに人参まで一緒に抜けてしまう。

毎年、人参は厚めに播いて間引くが
今年は薄く播いたのが裏目に出て、

薄い所は草が良く茂り、
根も張っているので
草を抜くと、人参がついて抜けてしまう。

厚めに播いたところでは、
少しくらい抜けても構わないが、
薄く播いた人参が抜けると、間隔が空いてしまう。

間引く手間を省こうと、薄く播いたのが
トンでもない所で裏目に出た。
これこそ(自分が播いた種)、わはは。

仕方なく
効率は悪いが、片手で人参を押さえ
もう一方の手で草を抜く。
時間がかかるが、この際仕方がない。

4時過ぎに終わった。

オクドさんの湯が湧いたので
昨日間引いた大根菜を、湯がく。

次は、明日、山口の娘の所に行くので
サトイモを持って行ってやろうと、尾崎に掘りに行った。

良く出来ていて
すぐにカゴいっぱいになった。
こんな収穫は嬉しい。

久しぶりの長距離運転、気を引き締めて行ってきます。

久しぶりの畑

今日10日ぶりに畑に入った。

いつもの事ながら、草、草、草。
それでも野菜は、草に負けまいと懸命に頑張っている。

特に、大根とかぶらは
草を抑えて大きくなって、お互い混み合って窮屈そう、

早速、間引きを始めた。

間引きは2回目なので、早く済み
昨日刈った枝を捨てに尾崎に行くと、
西条柿が色づいている。

採ってみると、
虫は入っていないのに熟している。

時期的には1ヶ月早いが、
このままだと全部熟してしまいそうなので、
干し柿にしようと取り始めた。

取り始めてみると、
赤くないのに柔らかくなっているのがある。

皮を剥いていると、雨になった。
全部終わったら3時過ぎ。

それから間引き菜を洗っていたら、疲れて休むことに。

今日は卵の安売り日(10個100円)。
いつも楽しみに買いに行くのに、
今日は行く気がせず、そのまま休んでしまった。

明日も雨予報。
あしたは昼まで病院行き。

昼から雨が上がれば、畑が少しはきれいになるのだが。

児童公園の松の仕上げ

9月の町内会の溝掃除が
雨で中止になったので
やりかけていた松の剪定が、3分の2ほど残っていた。

(清掃時、いつの間にか児童公園の剪定をするように
 なって20年弱。40年近く前、新築した時、何もなかった
 公園に、自分が植栽した木々が大きく成長している)
 
うちのすぐ前の
(ちびっ子ひろば)なので
放っておくわけにも行かず、時間が出来たのを幸いに取り組んだ。

仕かけた時から1月半経っている。

見ると、もう新しい芽を準備している。
今日刈る分は、その分遅れる。

それでも、
刈らずに伸ばすよりいいだろうと剪定する。

他の木もそこそこ伸びているが
今日は松だけにして、大原に帰ってきた。

3日ぶりに戻ってくると
田畑や庭が待ってくれているのが分かる。

さあ、また頑張って順番に片づけよう。

初めての庭

今日は、
お城のすぐ西(姫路市八代本町)のお宅の剪定。

うちの前の
渡辺さん紹介の初めての庭。

先日、下見に行ったが
とても庭と云える代物ではなく、まるでジャングル。

聞けば
何年か前シルバーに頼んだが、
梯子がなく、下の背の届く所だけ刈ったと言う。

とにかく、山取りの木を仕立てる心算で、
8時前に取りかかった。

低い所は、
奥さんがそこそこ手を入れて
まあまあサマになっているが、高い所は伸び放題。

松が2本あるが、

これが上ばかり伸びて、下の枝が枯れてしまっている。
こうなると手の打ちようがないが、

細い枝の芽を、騙すようにして仕立てる。
来年が楽しみと言えば言える。

10時頃、施主さんが頼んでいたおばさんがこられ、
草を引いたり片付けをされる。

昼食は摂らずにそのまま頑張って
1時に終えることができた。

家の周りがそこそこすっきりして
満足されたのか
「来年もよろしくお願いします」と言われて帰って来た。

いろんな庭があって、
住んでいる人もいろいろ。

私の場合、資格を取ってから始めたが、この仕事は奥が深くて面白い。

依頼がある間は、続けたいものです。


秋祭り本宮

今日は、秋祭り本宮。

朝8時半に集まって
お神酒をいただいてから出発。

この時、お神酒をいただいて
そのまま残りと云う人もいるが・・・

それはさておき
神輿は町内を一廻りしてから
秩父山を半周して秩父神社に着く。

今年1番始めの宮入りは船越、

この船越、先月屋台蔵が焼けて、屋台がなくなった
のだが、早急に手を打って間に合わせたとか。

立派な屋台を準備している。

2番目が山の北、
山の北の屋台も松が台と同じような小さい屋台だったが
何年か前、新調して立派になっている。

3番目の宮入りがわが松が台。
一目見てもみすぼらしいが、
他の屋台と比べたら、恥ずかしくなる程貧弱で、

だが、カキ手はみんな
子供たちに祭りを楽しませたい、と大昔、
自分たちの手で作った屋台を、

建国の精神に燃えて、力いっぱい担ぐ。

最後の4番目が下手野。
ここは、大屋台と子ども屋台の2台出す。

子供屋台も
松が台よりも大きくて立派。

それぞれ、お宮前の広場で練って
参道を登り、登りきったところでもう一回練って広場に降りる。

そこでお昼。

休憩が済むと、各町の練り合わせ。
これが中々の迫力・・・
みんな力いっぱい頑張る。

私も、年甲斐もなく2回かいてみた。

いやあ、地元の祭り、本当に楽しかったですよ。

秋祭り

秋祭り。
今日(12土)はここ古町の秋祭り。

稲刈りも大方済んで
みんな一段落して、ほっとした時期。

ここ古町には、2台の屋台がある。
1台は大きな屋台で、もう一台は小ぶりの屋台。

どちらも立派な屋台で
いつもは大原神社の下の、屋台蔵に納められている。

私がここに来る少し前だったが
屋台を新調するので寄付を、と言ってこられたことがあるが、

その後は、新調された屋台を見たことはなく

屋台蔵に収まっている2台の、
威風堂々とした姿を通りがかりに見たぐらい。

と言うのも
姫路も同じ日が祭りなのです。

姫路の屋台は、と言えば
本当に小さな屋台で、子供の数も少なく
大人も少なく、そこそこいる自分たち老人会で成り立っている。

そんなわけで
毎年、姫路の祭りに帰ってくるので
古町の祭りについては見たくても見る事ができない。

姫路の自治会長が親しい人なので、
毎年頼まれて、祭りに使う笹竹を持って帰る。

会長が替わっても、引き継がれているらしく
笹竹の依頼がが続いている。

しかしその笹竹、いくら田舎の里山であっても
庭先にある訳もなく
山に伐りに行かなくてはならない。

前の日に伐っておく訳にもいかず
毎年、朝早く伐りに行くが
この時期は、朝露があって
作業着がびしょびしょになってしまう。

洗濯してから帰ってくるが、
近頃は、その笹竹もだんだん少なくなっている。

さて姫路の祭り。
今日は宵宮。
宵宮は町内を一廻りして終わり。

明日が本宮です。

亡くなっていたおじいさん

今日行った剪定先は
網干の、国道よりまだ南。

東西に広い道路が走っているが
そこから少し入ったところで、道は狭い。

車がやっとすれ違うくらい。

その道に面して
松とマキが2本、奥に向かって山茶花、
五葉の松と黒松モミジなどがあり、中々の庭だ。

お年寄り夫婦が住んでおられ
初めての年は、おじいさんが何度も何度も出てきて

どこから来た?
名前は?

とかを聞いて、その時は納得して中に入り

すぐ又出てきて同じことを聞く、といったことがあって

休み時間には
「この酒は美味しいから飲んで」と
お酒まで出していただいたのだったが、

昨年は、おばあさん独りが出てこられたので
おじいさんのことを尋ねると

「近頃は寝てばかりで、あまり起きて来ません」
といっておられた。

今年は、そのおじいさんも亡くなって
おばあさんも入院されているとかで、空き家。

今は、子供さんが帰る為のリフォームの最中とか。

そんな家の中の変遷には関係なく
庭の木は、それぞれが大きくなっていく...

松が少し弱っているように見えたので、よくよく見ると、
小さな虫が取り付いている。
こいつが、犯人。

息子さんが帰ってこられたので
消毒するよう頼んで帰ってきたが
その時
いろいろ話してくださった。

私にすると
昨年は、おじいちゃんが、出てこられなかったが
まだ元気におられると云う気がしていた。

今年は、亡くなってしまって
心に穴が開いたような気がしている、

これもまた人生・・・・・

日没後の片づけ

昨日の続き。

相方、流石に今日は
いつも使う両手鋏も使う、と言っている。

しかし見ていると、昨日使った鋏を主に使っている。
両手ばさみは持ってきただけらしい。

したがって作業は捗らない。

私も、取り掛かった所が繁茂していて、中々前に進めない。

夕方、片付けをする時、
切った枝の量を見て
「こんだけあったら、動けんわなー」と相方が言った。

相方も、私の仕事を見ながら
何ともたもたしていることか、と思っていたらしい。

こんな時には、仕事ははかどらない。

やっと刈り終えたのが4時頃。
それからの片付けは、少ししんどい。

やっと片付け終わったのが7時。
大原に着いたのが8時半。

ゴミを片づける時、お月さんの何と有難かったことか。

新しい鋏(はさみ)の相方

今日、明日と
モールの駐車場の植栽の剪定。

昨年、初めて入った仕事で、
広い駐車場の2画が住宅と接している。

そこを、緩衝地にして木を植えている。
その木が茂りすぎたので、と今年も剪定を頼まれた。

昨年は、沢山の切り屑が出たが
今年は1年間で伸びた分が出るくらい。

それでも
勢いよく伸びた枝がけっこう出ている。
上にも伸びているし、横にもはみ出している。

相方は
「いや上のだけや」と言う。

私は、それではすまないだろうと思いながら
逆らわずに黙っていた。
すると、心配になったのか電話をかけている。

横のはみ出しはどうする、と。

私は恥ずかしくなったが黙っていた。

はみ出し枝は切って、と言う事だったらしいが
私にすれば、
そんなこといちいち聞くな。
と思ったが、黙っていた。

作業を始める前に、相方が新しい鋏を出した。
2丁。

1丁は、片手の果樹の剪定等で使う鋏、
良く切れるし作業が楽だが、

私が使っている鋏に比べれば、作業効率が悪い。

もう1丁は
同じ刃形をしているが、両手で使え
大きな枝でも簡単に切れる代物。

これも作業は楽だが、効率が極端に悪い。

しかし、
本人が得意になっているのに
何も、水を差すようなことを言わなくても、と

「いいものを買ったな」と言っただけだった。

さて、作業が始まって
いつ気がつくかな、と思ってみていたが、1日中気がつかなかった。
まあ明日にかけてわかるのかな。

今日は予行演習だろうか。

快くなった風邪

なんともひどい風邪をやってしまった。

一昨日の晩、目が覚めた時など、
身体の関節が固まっていて、動かそうとすると
痛みが走る。

これでは
当分、何もできないなあ、と思っていたが
目が覚めるとずっと快くなっており、仕事に行った。

さすがに
梯子を上り下りする時は、
足の感覚がおかしく感じたが、何とか無事にやり終えた。

帰っても何もする気がせず
風呂に入ってご飯を食べると、バタンキュー。

そんな訳で、ブログも書けなかった。

それでも昨夜は、
目が覚めると汗をびっしりかいていたが、それでいて気分がいい。

やっと治ったかな、と思っている。

布団は、
娘が送ってくれた布団乾燥機で
乾燥させているが、

大汗を吸った布団、
いい具合に乾燥してくれるといいのだが。

風邪かな

2、3日前から
少しずつ寒気がしていた。

気温が低くなったので
こうなるのかと思っていたが

この悪寒、
今日は特別ひどく感じたので、測ってみた。
すると38、8℃。

これって風邪かな、と思って
一日中寝ていたがよくならない。

風呂を沸かして、
いつも湯温は40℃設定だが
中に入ってから、43℃に上げてみた。

これは効く。

風呂から上がって測ると
気分は爽快なのに、体温は下がっていない。

ひと寝入りしたら、気分がすっきりしている。
測ってみると、38℃に下がっていた。

この調子だと、明日は仕事が出来そう。

明日は
姫路のうちの前と、西隣と、わが家。
全部合わせての1日仕事だ。がんばらないと。

いたいたスズメバチ

今日は
相方木村さんの家のすぐ近く、姫路市白鳥台での剪定。

初めての庭。
松が2本と槇(マキ)、金木犀その他もろもろ。

私が松にかかっていると
金木犀を刈っていた木村さんが
「いたいた」と大きな声を出した。

私が「何が居た」ととぼけると
「ハチや」と言って梯子から降りてくる。

ただならぬ雰囲気なので
私も仕事を置いて行ってみた。

金木犀の玉の中を覗くと
あるある、
バレーボールほどのスズメバチの巣が。

木村さんが突っついたので、
周りには
巣から出てきたハチが、20匹程ブンブン飛んでいる。

木村さんが家に帰って、
ジェット式の蜂殺しを持ってきた。

それを噴霧すると
周りの蜂は、みんな落ちた。
何と良く効くことか!

私は、巣のある金木犀の枝を、切って落とそうとしたが、

下半分が落ちただけで
肝心の中身が残っている。

薬がなくなり
奥さんが家のを出されたが、
これもすぐ済んで

隣から借りてこられたが、
これもあまり入ってなくて、すぐ無くなった。

まあ、
大方の蜂は退治できたので
残りの巣を、全部落とした。

巣は2段になっていて、
上の段は全部抜けて
下の段の仔は、サナギの状態になっていた。

いまどきは
足長蜂など、全部、巣から飛び立っているが
スズメバチは、今、まさに子育てのマッサイチュウ。

勢いのいい
これ等のハチなんどにやられたら、
救急車のお世話になっていたところだった。

間一髪、大丈夫だったし、
ハチも退治できたので、施主さんもホッとされたことだろう。

生ったユズ

今日の剪定は
姫路の家のすぐ近く。

ご主人は、数年前に亡くなっているが
生前は親しくつき合っており、
年も同い年で、なぜか気の合う人だった。

亡くなる2年前に、庭を頼まれたが
それまでは自分で刈られていたらしい。

 (今日の奥さんの話)
「あの時は、今考えたら、もう、しんどかったのでしょうね」

この庭に、ユズの木が1本植えてある。
初めの頃は、まだ木も小さく
生らないので、

ついに昨年、奥さんが「切ってしまいましょうか」
と言われた。

「もう1年待って見ましょう」
と言って残したが、その時
「化成肥料を少しずつやって見てください」とお願いした。

今日、朝1番に言われたのは
「松本さん、お蔭でユズが沢山生りました」であった。

よほど嬉しかったらしい。

「8、8、8、をやりました。」
と肥料の成分を言われる。

見ると、
木はまだ小さいが、30個ほど生っている。
すでに10個ほどは採ったと言われるから「大豊作」だ。

来年も生るように
心を込めて枝抜きをしたが、心がふんわりして嬉しかった。
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プロフィール

Author:松本直美
定年後、岡山・美作で農業を始めて18年。
米作りだけでなく、野菜や花、
果樹、造園についても書いていきます。
造園技能士一級の資格を持っています。

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