城崎温泉行 パート1

城崎温泉に1泊2日のドライブ旅行をした。
姫路から車で約三時間の行程。

高速を使えばもっと早く着く、と思ったが
近頃はいつも高速ばかり使うので、
時間のたっぷりある今回は、
景色などもゆっくり見たくて一般道を走ることにした。

姫路から夢前、そして福崎、市川と進むにつれて、
昔、会社に行っていた頃一緒に働いていた人達の事が
昨日の事のように浮かんでくる。

夢前の牛尾さん、
(山に蕨を取りに行ったり、山芋掘りに行ったり)
いつもかばんの中に沢山のお守りを入れているので、
「そんなに沢山一つ所に混ぜておくと神様も喧嘩するよ」と言ったこと。

福崎の高橋さん、
(二人で砥峰高原に水ごけを取りに行ったり、植木の事を教えてもらったり)と本当にお世話になりました。

市川町になれば、岩崎さん、
釣りが好きで、いつも釣りの話や戦争に行った時の惨めな気持ち等話して下さった。

そこ此処を通れば、
そこから通ってこられていた方の顔や、
時々の話までもが思い出されて懐かしい気持ちになった。

生野を過ぎると、直ぐに海鮮煎餅の店がある。
此処は、本当に沢山の煎餅を作っていて、
店の中は試食放題、お茶やコーヒーも飲み放題。

先頃、丹後に行った時、
食べ過ぎてメインのカニが食べられなくなったので
今回は寄らずに城崎に向かった。

城崎に着いたのは三時半ごろで、
雪が盛んに横殴りに降っていて、やはり山陰という感じがした。
ホテルは『大江戸温泉物語きのさき』
秋、丸亀の時に泊まったホテルの兄弟分で大きなホテルでした。

このホテル、
城崎の外湯めぐり、と言う催しを毎日していてバスを出している。

城崎の外湯7箇所、入り放題。
でも一つか二つも入れば十分堪能できますよ。

私達は「御所の湯」に入ると、
もう沢山、とその巡回バスに乗って帰ってきた。

夕食はバイキング。
今日は沢山食べよう、と思ったが、
いざとなったらそうそう食べられる物ではありませんでした。

一休みしてホテルの温泉に行ったらよく空いている。
外湯の、芋の子を洗う混雑とは雲泥の差。

何もわざわざ混雑の湯に行かなくてもよかった、と思ったが、
これも経験と思って第一日は終りになった。
おやすみなさい・・・

鹿と今夜も運動会

昨夜は八時頃、鹿の様子を見に外に出た。

懐中電灯で照らすと、
1頭だけ山の裾野に出ていた。
光を当てると、直ぐに山に逃げ込んだ。

ひと寝入りして
夜中2時頃、目が覚めたので又出てみた。
今度は、長靴を履いて足元をしっかり固めて出た。

いつもと反対の田んぼの隅に、目ン玉ぎらぎらが沢山居る。
数えて見ると20頭以上は居る。
こうなると鹿も腰が強い、中々動かない。

今日は足元がしっかりしている(ツッカケではない)ので、
田んぼの畦を歩いて近づくと、何頭かが動き出して
前の淨水場の建物の中に入ったようなので、行ってみたが居ない。
川端まで行って見たが見当たらない。

その時、
後ろで何か動く気配がするので、振り返って照らすと、
なんと私の直ぐ後ろを五頭の鹿が走っている。

即、追わえようと畦を這い上がったが、私の体力もココまで。
後は歩くしかない。

歩きながら、山の入り口まで行くと、
山の中で威嚇するように啼く。
その方に明かりを向けると、別のところで啼く。
あっちこっちで啼くので、此方も焦点が定まらず、とうとうお墓の下まで行ったが、
山のなかの鹿は見つけることが出来ず、スゴスゴと帰ってきた。

そのあと、山の中からは、
勝ち誇ったような啼き声があちこちから聞こえてきたが、今夜は多勢に無勢で私の負け・・・

ああ、それにしても、何とかしたいなー。

雀が来た

今日2時過ぎに帰ってくると、
庭先でチョコチョコ動くものがある。

見ると、2羽の雀が遊んでいる。

暫く姿を見なかったので
何だか懐かしいものに出会った気になり嬉しくなった。

雀は、私が車から降りると直ぐに飛んで行ったが、
嬉しくて、取り置いているハッサクを切って
庭の木の枝に刺してやりました。

八朔の好きな雀たちであればいいのですが、
嫌いな雀であれば私の空回りだと思いながら・・・

私が
この在所に来て農業を始め、
初めて米を収穫した年から、庭の木に雀の餌場(屋根の付いた木箱)を作って、
米を置いておくと、沢山の雀がやってきて食べたものですが、
庭をさわった時に餌場を取り除いてから、餌を与えることがなくなっていたのです。

又、復活しようかな、と思っています。

嬉しいですねえ、雀の帰ってきたことが・・・

こんな所にも春が...

今日は朝から雨で、またまた退屈な一日が始まった。

昼までは何とか時間を過ごしたが、
昼からは愛の村パークに行った。

今日はいつもの状態で、
そんなにお客も居なくてゆっくりしていた。

2時頃、帰って来た時には雨も止んで、
何かしようと思って畑を見に行くと、なんと、蕗の芽が出ているではないか。

まだ硬くて
採るには可哀想な状態なので、見過ごして家に入った。

見つかったのは一つだけで、
今から次々と出てくるだろうと想像すると、時間の過ぎるのが待ち遠しい。
これを細かく刻んで酢味噌で和えて食べると、ほろ苦くてなんとも美味しいんですよ。

昨日は水仙の芽に春を感じたが、
今日はフキノトウで春を実感しました。

我が春は、遠くに行ってしまったが、
季節の春はこうして毎年巡ってくる。

今年はさて、どんな春になることでしょう。

鹿の逃げ道が変わった

昨夜10時過ぎに外に出てみた。

雨が降っていたが
傘を差して懐中電灯で照らしてみると、居る居る、5頭。
例によって、照らし続けていると動き出した。
その動きがいつもと違う。

いつもは
まっすぐ山のほうに向かって逃げていくのだが、
今回は田んぼを横切るように走り出した。
その先には黒谷川(細い小川)があるのだが、そこは渡らず山のほうに逃げ込んだらしい。

その方向に歩いてみたら、山の中で目玉が光っている。
光を当て続けてもなかなか動かない。
雨が降っていて寒くなったので、根負けをして帰ってきた。

それから、中々寝付かれないので、
2時頃に又出てみると、家の3枚上の田んぼに1頭だけ居る。
此方からは近かったので姿が見えたが、かなり大きな鹿であった。

1頭だけなので心細かったのか、
光を当てると直ぐに山の中に逃げ込んで見えなくなった。

鉄砲でもあれば狙えるのに、と、
一人で憂さ晴らしを考えながら、寝ようとしたが中々寝付けない。
このままだと睡眠不足になりそうです。

雨が降っても、雪が降っても出てくるのだから、太刀打ちできませんわな。

それも夜中に・・・

ラッパ水仙の芽が

今日はバラの寒肥を完了させるべく、
牛糞をやって、取り置いていたイチゴの親苗の土を掛けて
混ぜれば完了、と作業を進めていると
土の中に黄色い芽が見える。
ラッパ水仙の芽です。

土をてんこ盛りにしているので、
まだ芽は出ていないだろうと、多寡を括っていたのに、どうしてどうして。
ちゃんと春の準備をしている。

秋口に、イチゴの親苗の土をもらった時、
暇になったら始末しょうと、水仙の畝に土を置いたので、
もうそろそろ、と思って取り除いたら、
私の思惑より早く春が来ていたようです。

芽を傷めないよう、そろそろしていたら
捗らないので、そこそこ土を残して取るようにした。

このラッパ水仙、白で
沢山咲くととてもキレイです。
1月遅れのお雛様の4月の始めに咲く予定。
(私見ですので若干のずれはあるかもしれません)

これで
水仙とバラは、見事に咲くことを期待して、・・・・

またまた鹿が

今朝、何気なく畑を見ると、雪の上に鹿の足跡がある。

辿って行くと、
こんな所からと言うほど狭いところを抜けて入っている。
中を見ると、雪を掻き退けてほうれん草を食べ散らかしている。
頭に来たが、どうしようもない。

そこで、入ったと思われる箇所に竹を渡してみた。
・・・夜中0時に懐中電灯で前の田んぼを照らして見ると居る居る、
20個ほどの目ン玉をギラギラこちらに向けて光らせている。
照らしただけでは動かない。

私が近付きかけると逃げ出した。
数えてみると7頭。山の入り口でこちらの様子を窺っている。
さらに近付くと山の中に逃げ込んた。

帰りに
念のためと思って田んぼを照らすと、
何とまだ3頭残っているではないか。

こちらは、履物がツッカケだから早くは走れない(突っかけでなくても走れない)が
近付いて行きかけると動き出した。
方向は同じところに逃げ込んでいく。

ところがこの3頭、山の中で動かない。
こちらも意地になって山に近付くとやっと上に行った。

雪が降って、山に食べ物が少ないと言うのは解るが、
ソウかといって、私が丹精込めて作った
ものを食べてもいいと言う道理にはならない。・・と愚痴ってみても仕方がない・・ウーン

イチジクの剪定

三日前に積もった雪が
まだ溶けないでいるが、昨日買ってきた枇杷(ビワ)の苗が
庭に置いておくと鹿に食べられる恐れがあり、
畑(一応周りを網で囲ってある)に持って行って植えることにした。

畑に行くと、雪の上に鹿の足跡が付いている。
雪が積もっているので、入った所が解るだろうと思ったが、これがなかなか解らない。

よくよく見ると
1ヵ所小さな穴が開いている。
多分ココだろうと見当をつけて周りを見ると、
イチジクが葉っぱをみんな落として寒そうに立っている。

そこで、剪定を思いついて始めた。
切り進んでいくと穴の開いたのが見つかった。
そこで切り枝を割ってみると、中から白い虫が出てきた。
芋虫の小型で、多分カミキリムシの幼虫だろうと思い潰してみた。
暫くすると、又同じように穴が開いている。

これも、枝を割ると同じ虫が出てきたので潰し、
又直ぐに同じ穴が見つかった。
が、今度は枝を割っても虫は出てこず、株のほうに居ると睨んで
細い木の枝を差し込んでみると白い液が付いてきたので、
多分、処分できただろうと思い次に進んだ。

イチジクは根が浅く、
夏、日焼けをするので、土掛けをするべく用意はしているのだが
雪があるので今日は出来なかった。・・・今日の収穫、カミキリムシの幼虫3匹ゲットー。

愛の村パーク

昔の東粟倉村(現美作市)のどん詰まりに後山(うしろやま)がある。

この山、結構高くて岡山県では、1、2を争う。
だから、冬の間はいつも雪を頂いて、遠くから見ても直ぐにわかる。

この山の麓に温泉が湧き出した。
何でも1500m掘り下げたら出だしたとか。
なかなかの湯質だそうで、その道の人には人気があるそうな。
そんなよい温泉が近くにあるのに放っておく手はない、と
人一倍好奇心の強い私、ちよくちよく行ってお世話になっている。

農機展を見て、
奥に向かって走ると、雪がだんだん深くなってくる。
道路は雪除けがしてあるので何の心配もないが、周りは30センチ位は積もっている。

着くと、広い駐車場がほぼ満杯になっている。
中に入ると、1階の食堂は満杯に近い。
これでは温泉も混んでいるかと心配になったが、
温泉の中はそれ程でもなくゆっくりと入れた。

ここは大きな浴槽が一つと、薬草湯が一つ、
それにサウナと露天風呂がある。
ここは山腹にあり、露天風呂から見る眺めは格別です。

春は、新緑の山々が遠くまで見渡せて、それは気分が晴れ晴れします。

夏は、緑の山々から吹き上げてくる涼しい風が
お湯で温もった体を吹きぬける感じは、得も言われぬ気持ちよさ。

そして秋には
遠くまで見渡せる山の紅葉がこれまた素晴らしく、
高いところは冬支度、中は秋真っ盛り、そして麓は夏の名残を留めているさまは、
まさに天上にいる気分にしてくれます。

今は、冬景色真っ最中、一面の雪景色です。

これを湯舟から眺めるなんザア
最高の贅沢と言う気分を味わってきました。・・・本当にいいところです。

農機具展に行く

昨日、川東にある「英北農機」で
農機具展があるから来て、と案内が来ていた。

この農機具店には
トラクターが故障した時、何度かお世話になった事があるので、
行ってみることにした。

帰りは、(愛の村パーク)に寄って、
温泉にでも浸かってこようと用意をして出掛けた。

着くと、前にあまり車が駐まっていないので、
人が少ないのかと思いながら中に入ると、
店いっぱいの人集りになっている。

雪は積んでいるし
何もすることが出来ないので、歩いて来た人が多かったのでしょう。

まず様子を見るためにストーブに当たると、
いきなり「松本さん」と声がかかった。

見ると、大きなマスクをしているのでわからなかったが
以前、酒蔵で一諸に仕事をしたことがある角山さん。
「マスクでわからなかった」といって少しばかり話した。

沢山の人だったので
展示品の方に行って消毒散布機を買い
もう一つの目的である(遠赤外線の何たらカンたら)を見に行ったら
すでに先客が居る。

それで、来意を告げると椅子の上に置いていた物を片付けて
マットを置き「どうぞ」というので座るととても暖かい。

隣のおばあさんは
足型を取って貰っている。
みると、右足がとてつもなくひどい外反母趾になっている。
 「どうしてそんなに成ったん」と聞くと、
 「解らんのよ、知らんと間にこないなった」と言う。

売り手の女の人は
「大きな靴を履いたんと違うか」といいながら足型を取っている。
 「それ靴の中に入れるの」と聞くと
 「そうそう」と言いながら手続きをさせておばあさんは帰った。

変わって今度は(岩盤浴、足だけ)を試すおばさんがやってきた。
それで、
「それいくらするの」と聞くと
「14万8千円、今なら2万円の値引きがあります」
「うわあ、米10俵分や」と言うと、
 「米で来たか」と言って困った顔をしたので、
 「10俵言うたら田んぼ1反では出来へんで」と言ったら
隣のおばさんも乗ってきて
 「10俵有ったら1年食べられるもんなー」と攻め込んだ。

そんなこんなの話をしている内に時間が来て
 「この店で取り扱っているのでよろしかったら」と言うことでチョン。

愛の村パークへゴー、となりました。

いなくなった鳥たち

今日は大雪。

いつもならこんな日は、
家の周りにすずめが来て
庭にある南天の実を食べるのですが、今日は一羽も見かけません。

すずめだけでなく、このところ見かけなくなった鳥は他にも居ます。

まず、昨年秋からトンと見ないのがヒヨドリ。

この鳥、声高に啼きながら、
柿の実や南天の実を食べ尽くすのです。
今年は、一度も姿も見かけず、鳴き声さえも聞いていません。

そして、とんび、
いつもは、前の田んぼの刈り取りが済むと、
群れて、多い時には20羽程も来ていたのに、昨年秋から一羽も見ていません。

そしてカラス、
これもめっきり少なくなりました。

昨年の夏、
家の直ぐ横の畑で、西瓜を食べられた時は、沢山来ていたし、
秋になって柿が熟れ始めた頃には、近くの電線に沢山止まっていたので、
テングスを張って予防した位でした。
今は、
遠くの山で鳴く声を聞くくらいです。

ヒヨドリやカラスは、
いたずらが過ぎるので、いなくなってもいいけれど、
すずめやとんびは、居ないと淋しく感じます。

これら鳥たちがいなくなったことが、
天変地異の前兆でなければいいけど。

いればいるで厄介。
いなければ心配。

カラスの勝手でしょ///と言われそう。

またまた大雪

夕べ、目が覚める度に
湯たんぽの暖かさを感じたと思ったら、
今朝は大雪が積もっています。

今もまだ降り続いているのでどれほど積もる事やら。
今の雪は、太陽が当たれば比較的早く溶けるのでまだいいですが。

降りたての雪は、さらさらしていて軽くとてもキレイで
雪かきするにもし易く楽です。

さあ、今からご飯を食べて雪かきです。
今年最後の雪かきとなればいいけど・・・・・・

バラの寒肥と強剪定

二月はバラの強剪定ができます。

一昨年の古株から、
昨年伸びた芽の上2芽を残して切り詰めます。

芽は、沢山残すと残すだけ沢山出ますが
枝が細くなって、良い花が付きません。
又、夏になると高くなって、花が上の方に咲き出して
見場も悪くなります。

そして
2月は寒肥をやる時期です。
寒肥をちゃんとやっておけば、春の1番花がキレイに咲きます。

私は、鶏糞と牛糞を沢山やって
その上に取り置いていたイチゴの親株の土を掛け、混ぜ合わせて
株元をしっかりさせます。

深く掘り込むと、根を傷めるので気をつけて下さい。

昨年は、こうしてよい芽が出て
大きな蕾が出来かかった時、その新芽を全部鹿に食べられて、
1番花は見ることが出来ず、その後はやる気をなくして散々な状態になりました。

鹿に食べられた後、
ヤケを起こさず、ちゃんと手入れをしてやっていれば、
そこそこの花は咲いただろうに。
今思えば、可哀想なことでした。

寒肥と強剪定のあと、春に芽が伸び始めた時に
化学肥料を少し撒いてやれば、
道行く人が見惚れるような花が咲きます。

楽しみです・・・

400年の昔にタイムスリップ

長男が帰ってきた夜は、
私が大原古町に来て直ぐの頃
蔵人をしていた(田中酒蔵)の新酒を買って帰り二人で飲んだ。

その時、
正月に行けなかった最上稲荷に行こうと
次の日三人で出かけた・・・ここまでは前記事・・・

最上稲荷の近くで地域地図を見ると、
豊臣秀吉が毛利攻めのとき、水攻めにしたといわれる、高松城が
直ぐ近くにあるという。

そこで、
最上稲荷の参拝を済ませて、
備中高松城跡を目指して出発した。

出発後、直ぐに長男が「ココや!」と言う。
見るとなるほど看板が出ている。

そこは今『高松城址公園』になっており、資料館もある。
その資料館、どこかから移築したとかで土蔵風の建物。

入り口に「ただいま開館しております」の看板があった。

中に入ると、城攻めの時の模型なぞがあり、
高松城は海抜5メートルと、あの山の中にあるのに相当の窪地になっている。

水を引き込んだ、と言う足守川も
そんなに大きな川ではないが、時あたかも梅雨の真っ只中であったのが、
毛利方に不利に、織田方に有利に働いたようです。

資料館の資料によれば、黒田長政の策で
横幅12m、上幅11m、長さ3119m、
これを12日間で仕上げており、
総費用は、銭63万5040貫文、米6万3504石を要したと。

豊臣秀吉は、
三木城や鳥取城を攻めた時も、
取り囲んで兵糧攻めにしたともある。

とにかく、
戦いにおいて、味方損を如何に防ぐか、と言うことに力を注いだみたいです。

ここの館長さん
とても親切で、色々な事を解りやすく丁寧に話して下さった。

秀吉の、天下取りの基点ともいうべき「高松城址」に立って、
ああ、私の年まで秀吉は生きていなかったんだと思い、
ちょっと複雑な気分になりました。
鄙びたところで、
昔の様子がそのままのように残っており一見の価値はあるでしょう。

皆さんも、最上稲荷、高松城址に是非!

そうそう、長男は備前焼のギャラリーで茶碗を買いました。

今年もどうか良い年でありますように。

最上(サイジョウ)稲荷にお詣り

横浜から息子が帰ってきた。

前の晩は、二人でお酒を飲んで時を過ごしたが
その時、息子が「前に行った所の備前焼が欲しい」と言い出した。

よくよく聞くと、
今年の正月姫路から大原に行った時、
帰りに立ち寄った土産物屋で買った備前焼が気に入ったので又欲しい、と言う。
それなら、備前焼きの本場備前市に行こう、ということになって
かみさんも行くというので三人で出かけた。

正月は、私が道を間違えて最上稲荷に行き着けず帰った。

今回、せっかくの機会だから、
最上稲荷さんまで足を伸ばして
遅まきの初詣をしようと山陽道に乗せた。
岡山インターで降りて、薄い記憶に縋りながら北に向かった。

私の記憶では、
岡山空港の近くだ、という感じで
道路標識の岡山空港を目指して北上した。

暫く走ると
岡山空港と並んで最上稲荷の看板が出た。
私の勘がピタリ、と得意になって指示方向に進むと別れ道があり、
またまた私の勘でつき進むと、最上稲荷奥の院と言う看板が出ている。

車を停めて確認すると、
今回は私の勘が外れていたようで、バックである。
認めたくはないが、バックするより仕方がない。

それでもこの間違い、全くの無駄と言うわけではなかったのです。

その訳は
豊臣秀吉が毛利攻めの時、清水宗治を水攻めにした場所が
地域地図に載っていたのです。
息子が大変喜んで、是非行きたいと言い出した。

このように、途中で変更できるのもドライブの楽しみの一つ。
そこで取り敢えず(こんな表現仏様に失礼ながら)
先に最上稲荷に行きましょうと車を走らせた。

私は、おきつねさんが迎えて下さるものと思っていたら、
やたらと賑々しい幟旗が私たちを迎えてくれた。
そしてこの寺、日蓮宗のお寺さんでした。

建物は立派で大きく、前の庭は広く、
この日本三大稲荷の一つである「最上稲荷さん」は毎年、
年始には黒山仰山の人たちがお参りに来られると言う。

とにかく、一度は参拝をお勧めしたいお寺さんでした。
続いて行った『高松城』と備前焼のことは次の機会に・・・・

懐かしの故郷から 『番外編』

私はこのたび1週間
故郷である愛媛県西予市城川町に帰ってきた。

私の生まれた家は古くなって兄が建て替えた。
その兄も奈良に出て、子供が奈良で働いているので
田舎に帰ることができなくなって
建てた家を甥に譲っている。

田舎には姉が三人いて、それぞれ直ぐ近くに住んで居る。
前述のごとく、私が帰るのはいつも真ん中の姉の家。
上の姉は今、体調が悪く入院している。
下の姉は車で10分程のところに嫁いでいるが、
ここは母の出跡で、つまり従兄妹同士の結婚です。

皆なそれぞれに仲がよくて、
私が帰るとみんな温かく迎えてくれ本当に優しい姉たちです。

私が帰るのは、この姉たちに会うのも目的の一つですが、
懐かしい山に浸るというか、人に浸ると言うか・・・

例えば
温泉に行っても、もう誰一人知った人は居ないけど、
その知らない人たちの話し声を聞いていると、
その言葉に、又、アクセントに、
何ともいえぬ温もりと言うか、懐かしさを感じます。

田舎も道路が拡くなったり
いろんな設備ができたり、と替わった所も沢山ありますが
昔ながらの物もまだまだ沢山残っています。

最近は、限界集落と言われるようになって、
人口が少なくなっていますが、何とか豊かな自然を生かして
人々の生業ができないものか、と切に願う次第。

大事な故郷ですから・・・

懐かしの故郷から パート7

最終日、この日は朝から雪も降らず、
日が射してはいたが、寒さは厳しいものがあった。

甥の工場には、
一昨年、途中から切った大きな楠と欅(ケヤキ)があるが、
それが2年の間に相当枝が伸びて、鬱陶しくなっているので、
少し切り詰めることにして、切り口まで梯子で上がった。

楠は切り口が高く、10尺の梯子では届かず2連式の梯子で上がった。

切り口まで上がると、
そこは広くその上で仕事ができた。
伸びている枝を1本置きに切り、残した枝上半分を切って
全体が小さくなるように纏めた。

ケヤキは、昨年も切り詰めたので
大きな枝はなく丸坊主に切り詰めた。

後、ヤマモモの木が2本と椿が数本あったが、
あまり茂っていないので仕事は早く済んだ。
後は、兄さんがバリカンで刈った槙(マキ)とバベガシの手直しに夕方まで掛かった。

そして、帰る朝、
家の周りにある小さな松やモッコクの剪定をして11時に出発した。

途中、SA毎に停まって休み休み帰ってきたが、
松山道や高松道は、道路の囲いが無いので、
瀬戸内海や、その中に浮かぶ島々が大変美しく、
SAに停るたびにその素晴らしさを満喫した。

今回の故郷行は、観光が目的ではなかった。

懐かしい山に囲まれて過ごした日々は
しみじみ心が落ち着いた素晴らしいものでした。

(故郷の山に向かひていふことなし故郷の山はありがたきかな)

懐かしの故郷から パート6

9日、朝起きると雪が降っている。

今日は五十崎の姪の庭の剪定に行く予定。

姪の連れ合いは、数年前に交通事故で亡くなり、
姪たちも松山に出ているが、田舎にも家があって、
その家の管理があるのです。

その昔、平家の落人が逃げ込んで生活していたという場所。
開けた場所からだいぶ入った所で、
私の田舎ほどではないが山の中である。

その名も平(たいら)家。
家の周りのマキの垣根は、兄が以前にしたと言うので
残っている何本かのもみじや花桃の剪定をした。

終わったので、昼食にして
昼から工場の方に回ることにした。

昼食は、姪が焼いたと言うパンを食べたが、
野菜を入れて作ったとかで大変美味しかった。

工場は、バベガシが沢山あり、まずそれに掛かった。
玄関を入ったところの一番大きな木の剪定を始めたら、
夕方までかかってしまった。

あと1日で済むだろうと思う位が残った。
さあ、もう少しだ。
がんばろう。

懐かしの故郷から パート5

三日目の朝、朝食を食べていたら
近くに居る次姉の子(つまり私の甥)がきて、
昨夜、姉が宇和島の市立病医院に入院した、と言う。

この姉、若い時から腸が弱く時々入院している。
この姉の連れ合いは、私が泊まっている家の義兄の兄で、
つまり私の姉二人と、向こうの兄弟が一緒になっている。

だから
子供はみんないとこ同士で、兄妹のように付き合っている。

朝、起きがけから雪が盛んに降っているので
昨夜、姉の家に置いてきた車を取りに義兄と二人で行った。
 「雪が降って何も出来んじゃろう」と言われながら
又、上がりこんで1時間ほど喋って帰った。

それから、姉と二人で宇和島の病院に次姉を見舞った。
病院は宇和島城の近くにあり、新しく気持ちのよい病院であった。
看護師さんたちも皆優しげな方に見え、ホッとした気になった。

1時間ほど居て帰ったが、その間ずっと雪が降っていた。

帰って、食事をしていると雪も小降りになり、
又、工場の木の剪定に行くことにして準備をして出かけた。
今日は、松である。

この松、昨年来た時は葉っぱが白くなっており、甥が
 「枯れるんじゃないか」と心配していた木で、
工場のみんなも、多分駄目だろう、と半ば諦めていた。

その時、見ると小さな毛虫がわんさとわいていた。
消毒をして、剪定を済ませた後、姪に、
「おじさんが、助かるように魔法を掛けたから大丈夫だよ」
と言って帰ったが、今年はこの松、ドッコイ青々と元気になっている。
嬉しかったですよ。

この日は、松一本で日が暮れて帰った。
帰りがけに甥が
 「今日は焼肉をご馳走するで、待っといてや」と言う。
宝泉坊に行かず家の風呂に入り、待っていると直ぐに帰ってきた。

甥夫婦とその子供二人、そして私と義兄の六人で前の焼肉屋に行った。
大変美味しかったので、後でそれを姉に言うと、
毎日行くプールに行っていた姉が
 「そんなら私もプールを休んで行けば良かった」と言ったが後の祭り・・・

懐かしの故郷から パート4

愛媛に行く前の日は
1日中雪が舞っていたが、
姉は、寒かったらいけないと思ったのか、
重たいほどの布団を用意してくれていた。

そのお陰か、はたまた故郷の空気のせいか、
6泊全てとにかくよく眠れた(楽しく飲んだ酒のせいかも)

朝起きると、雪がバンバン降っている。
朝食を食べていると、直ぐ上の姉から電話があり、
晩御飯を食べに来いという。

私はこの日、
甥の工場の庭木を剪定する予定だったので、
義兄に「行きましょか」と言うと、
 「この雪の降るのにヤレンやろう」と言う返事。
 「工場の辺は降ってヘン」
と言ってせきたてて出かけた。

予想通り、工場に着くと
雪はなかったが寒さは強く、
玄関の両側にある柘植(ツゲ)の刈り込みだけして、昼すぎ帰った。
昼からは寒いので止めよう、
と言うことにして、宝泉坊に行き、ゆっくり温まって、
夕方からお招ばれの姉の家に行くことになった。

行く足のことで色々と算段をした。
往は車で行けるが、復をどうするか。

とにかく行って、
帰るようになったら、
甥の嫁さんに電話をして、迎えに来てもらうか
うまくいけば、姉は酒を飲まないので送ってもらう。

一方的な都合のよい計画を立てて、
姉と義兄の三人で出かけた。

着くと、段取りがしてあって、
直ぐに出来上がってしまったが、
とにかく和やかで楽しい時間が過ぎた。

行く前は、3時間ほどで帰ろう、と言って出かけたが、
4時間半も過ごしてしまった・・・
復は・・・姉が送ってくれました。

懐かしの故郷から パート3

私が姉の家に着いたのが昼の12時半。

皆、食事をしないで待っていてくれた。
挨拶もそこそこに、食事をして
9ヶ月ぶりの積もる(あまり積もっていない)話をして、
4時過ぎに、クアテルメ法泉坊、に行った。

クアテルメ、この名の意味も由来もわからないが、
法泉坊、は子供の頃からよく聞いている。

昔は此処で、
春には牛の市が立ち、夏には草相撲が行われていた。

そして大きな樫の木があって、この樫の木、
(何人たりとも切ることタガわず)
との謂われがあり、誰もさわらないのでタダタダ大きくなっている。

この樫の木、牛の市に牛糞を処理する為なら、
枯れ枝を使ってもよい、という事になっていた。
そして、この樫の木の下には、
どんな日照りにも枯れない泉がコンコンと湧いており
この水をお風呂に使うと、どんな皮膚病にも効く、との言い伝えがあった。

とにかく、誠に霊験あらたかな泉なのです。

私は、当然、クアテルメ法泉坊は、
この泉の水を使っているとばかり思っていたら
甥に「・・おじさん、あのささやかに出ている法泉坊の水で
クアテルメの水が賄えると思ってか」といわれ、
そりゃ足りんわな、と思ったので、
 「何処からひいているんや」と聞くと
 「この下の川や」と、いともアッサリ言ってのける。
 なーんや、と思ったが
 (まーこの川も、肱川の源流の一つやけん)と自分を納得させた。

このクアテルメ法泉坊、
こんな田舎になんと贅沢な、と思える程の設備である。

プールがあり、
お年寄りの、健康によい歩く設備がある。
勿論、温泉あり。

そしてなんと、宿泊施設まである。
因みに、何人泊まれるか聞いてみた。
そしたら総勢72人まで泊まれるんだって。
コンだけ泊まったら、
村はお祭りのようにならへんかいな。

とにかく素晴らしい。

私は、そのクアテルメ(舌噛みそう)に行って
料金を聞くと、温泉だけなら500円。安い!
プールに入ればさらに500円で、貸し水着もあるとの事。

私は、温泉だけにして500円払って入った。
中は広く、広い浴槽が一つと薬草湯があり、
外には露天風呂があった(露天風呂は何処でも外)。
そこで、たび?の疲れを癒して第1日は幕となりました。

2日目からの活躍はパート4で。
乞うご期待・・・

懐かしの故郷から パート2

松山道、
川之江から松山を通って宇和島へ抜けている。

松山までは完全2車線で、
松山から先は片道1車線の交互通行になっている。
私が帰るのは松山の先、内子インターで降りて
五十崎を抜け、肱川に出て、川沿いに上る(つまり、山の中に入っていく)。
西予市城川町高野子。

今は国道が広くなって片道一車線になっているが、
昔は(それ程昔でもない)くねくねと曲がった、
車1台がやっと通れる道で、対向車が来ると、
広いところで待って交わさなければならず、
「国道197号は行くな」
つまり危ないから行くな、
と茶化されていたくらいの道でした。

今はトンネルも抜け、快適な道になっています。
肱川に出て暫くするとダムがあります。

このダムが、
あの小林旭が主演した「南海の狼煙(だったと思う)」の舞台になったところで
ダムのできた端は、観光客がわんさと来るだろう、と、
大きな旅館や土産物店、はては貸しボートまで段取りをして
ダムの立退き料を注ぎ込んで見たがそれも始めだけ。

今は見る影もなく、
旅館は全部なくなり、ボートもごみ集めのボートが浮かんでいるだけ、
となんとも寂しいコトになっている。

そのダムを横に見て、
さらに上っていくと、わが故郷、高川に到着する。
村に入って直ぐ『きなはいや』と言う道の駅がある。

ここには、
村興しで始めた村特産の肉の加工品である
ハムソーセージを始めとして、村内で作られた農産物や、
山で採れた山菜を始め、田舎の珍しいものが沢山並んでいる。
お客は一人も居なくても、愛想のよい店員さんが迎えてくれる。

この道の駅の直ぐ上に、
今、全国的に有名な(かまぼこ板の絵会館)があり、
全国から送られて来た、かまぼこ板に書かれた絵が沢山並べられている。
見ていると、書かれた人の気持ちが伝わってきて
楽しい気分になります。

通過して暫く進むと
少し開けたところに大きな看板が見えてくる。
「クアテルメ宝泉坊」。
この温泉については又の機会にして、
ここまで帰ると、
私の帰る家が直ぐそこに見えてくる・・・
長くなるので、今回はこれにて読みきりといたします・・・

懐かしの故郷から パート1

私は四国の西、
愛媛県西予市城川町高野子で生まれ育ちました。

そこで高校まで過ごし(高校は定時制で4年だから卒業の時19)
就職は決まっていたが、工場の完成まで自宅待機で
姫路に出てきたのは20歳になった6月。

早いものでそれから52年が経過。
その故郷に帰省したのです。

と言っても、その間、年に1、2回は帰っているので
何年ぶりとかではないが、それでもその都度、
胸に迫るものがあります。

今回も帰りました、帰る先は姉の家。

私には5人の兄姉がいます。
1番上の姉が亡くなった他は皆この世にいます。

帰ったのは3番目の姉の家。
この姉、戦争の申し子と言うか
まさに戦争と共に育った感の人生を今に生きている。

今でも、昔の話になると
藁ぞうり作りや麦ふみの話が昨日の事のように出てくる。
今回も、その話を聞くのを楽しみに帰りました。

2月5日、
いつもなら、夜中でも目が覚めたら、2時や3時でも出て行くのだが、
今回は
「道が凍っていたら危ないから」と言う姉の気持ちを察して7時に出発した。

それでも、中国道は凍結の恐れがあるので、
山陽道だけで行くことにした。

備前のインターから乗り、
瀬戸中央道を通り瀬戸大橋を渡って坂出に着くと
まん前に讃岐富士が見える。
やっと四国に入ったというのに、橋を渡ってこの山を見ると、
昔、子供の頃、敵味方に分かれて楽しんだ宝取り遊びの時、
味方の陣地に帰るとホッとしたあの感じがします。
ふしぎなものです。

それから
一路西に向かって高松道、そして松山道と走る。

高松道から見る海の景色が
素晴らしく綺麗で、ゆっくり見たいと思って、
豊浜SAで停まって、休憩かたがた景色を楽しんで出発。

直ぐ松山道に入り、
暫く走ると、左に雪を被った石鎚山が見える。

西日本一高いこの山を見ると、なんとも威厳がある。
それが雪化粧しているのを見ると、尚更に神々しく感じる。

そうこうしながら
肱川の道の駅まで帰って休んでいる処に
姉から電話があった。
遅く帰れ、と言いながらも遅いと心配になったらしい。

肱川の道の駅に居る、と言うと安心した声で
 「気をつけて帰れや」と言ってくれた。
着いたのは12時半で、
あとはタイムスリップの世界・・・
その後は又。

空が澄んできれい

今日は旧暦の13日。

久しぶりに晴れて
澄んだ空に十三夜の月が出ている。

月が明るいので、星はあまり見えないが
空がとてもきれいに見える。

じっと見上げていると、
早く流れる雲につられて体が倒れそうになる。

それでも
澄んだ空に浮かぶ月や星を見ていると
いつまでも見ていたい気がするが
厚着をして出ていても、
寒さのため現実に引き戻されて家の中に入った。

今夜のように、
雪のある時の月は、殊更に美しく感じます。
本当にきれいな空とお月様でした。

雪の上に鹿の足跡が

一昨日降った雪が
畑にまだ溶けないで積もっている。

昨日はなかったのに
今日見ると畑の中に鹿の足跡がある。
雪があるので、どこから入ったかよく判る。
辿って行くと
先日拵えた柵は避けて
わずかにあるバラの株の間を通っている。
私にすれば、バラには棘があるのでまさかと思っていたが、
山の中を走り回っている鹿たちにはバラの棘なぞ何でもないのです。

雪があるから、大した事はできないが
取り敢えず又、応急の簡単な柵をした。
昨年は2月の終わり頃、
玉葱やネギ、そしてらっきょまで食べられてしまった。
2月、3月にはジャガイモを植えなければならない。

一昨年は一昨年で、ジャガイモが芽を出した時に出て
全部食べられて収獲ゼロと相成った。
今年もその再現のような予感がする。
どうすりゃいいのーさ、思ィ案橋・・・

山に餌を撒いたら、
とのコメントも頂いたが
これとて、出てくる鹿が食べて
それで満足して山に帰ればいいが、
他の鹿が食べれば効果は・・・

美味しい二月の柿

今日で3日続いて
10cmほどの雪が溶けないままである。

昨年沢山なった柿が、まだ木にぶら下がっている。
一寸いたずら心を出して取って食べてみた。

取り置きしている柿は、
柔らかくなっているのやら、凍みたのやら、
そして硬さも色々だが、甘味はだいぶ無くなっている。

処が、木にぶら下がっている柿は甘いのです。とても・・・
それでも、冷たくて一つしか食べられなかったが
2月に木からもぎ取って柿を食べたのは初めて。

うまく保存できれば売れるのになあ、
そして、勿体無いなあと思った次第。

ふざけないで防衛省局長

今、沖縄は大変大切な選挙をしている。

アメリカの
基地移転先といっている宜野湾市の市長選挙です。

この選挙に先立って、
防衛省の沖縄防衛局局長が
宜野湾市の在住者や親戚のある人などを集めて講話をした、と言う。

共産党の赤嶺さんが国会で追及した事から、今、問題になっている。
この真部局長は選挙の啓発の為と言っているが、
国民の誰一人、まともな話として信じる人はいないでしょう。

ところが、この子供だましのような言い訳に飛びついて
そんなに問題はないと言う議員がいる。
まことに情けない限り。

日本の憲法や法律が守れない人が、国が守れない事は子供でもわかる。

こんな議員やお役人は、直ぐに辞めていただきましょう。

節分

今日1日雪が溶けず
何もしないでと言うより、何も出来なくてごろごろしていた。

昨日剪定の全仕事が済み
安心した事もあって、よけい気が緩んでしまったのかも知れない。

昨日持って帰った荷物だけは
降ろさないと、と思って外に出たが雪は全然溶けていない。

仕方がないので、梯子を降ろして、
次に、積んで帰った切り枝を置きに尾崎に行った。

そのあと、田中の酒屋に寄って
頼んでいた酒を明日、とお願いして帰った。

明後日、四国に帰ろうと思う。
姉さんにその旨伝えて
あとは何もせず一日が過ぎた。

アイに行ったら、巻寿司が沢山売られていた。
今日が節分だと気が付いたのは
帰ってテレビをつけてから。
・・・全く失念しておりました。

一昨日買いそびれた(いわし)を買ったが
鮟鱇鍋の残りがあったのでそれを食べて(いわし)は明日にした。
一日遅れの節分の(いわし)、ご利益はどうでしょう。

今日は雪が溶けない

昨日の朝は
佐用と徳久でマイナス7度。
帰りはマイナス4度であった。
その上に、雪が降っていたのだから積もるだけである。

今朝は10センチほど積もっていたが
昼を過ぎてもそのまま溶けないでいる。

今日の気温は
ずっと家の中にいるから解らないが、
部屋の中で朝は1度、今2時は2度で殆ど変わらない。

昨日が仕事収めだったので、
今日は車をきれいにして、ワンカップ2本を供えて感謝のあと
今年の安全と、農作業や庭木の剪定の弥栄を祈願しようと思っていたのに・・・

この大雪で車は洗えず、コトが行えなくなった。
ので、
今からワンカップを買いに行って(私が頂いて)、
今年の安全を祈念して、又、農業に勤しみたいと思います。

雨なら止めば何でもできるが、雪は後を引く。

これから私の冬篭り、と行きたいが、
まだ冬の仕事が沢山残っている。

今からボチボチ、ワンカップなど頂いて
明日から頑張ることといたしましょう。

今年度最後の仕事

昨日起きてテレビをつけると、
今期一番の寒さと言っている。

この日は今期の仕事納めの日。

普通の年なら昨年12月に了える筈が、
秋の台風やら降り続く雨で仕事が遅れて、今年にずれ込んでしまった。

と言うわけで
明石の同仁病院に行った。
松が2本残っている。
1本は高く、もう1本はそれなりに。
朝一番、高い方に取り掛かった。

梯子を掛け、ロープで安定させて昇ると、
6、7メートル高いだけなのに風の力が全然違う。
揺れるのである。

その上今年一番の寒波。
寒い上にゆらゆら揺れる。
こうなったら、もう自分が風に同化しなければいけない、
と心に決めて、木の揺れと一諸になって揺れながら剪定をした。

昼過ぎに終わり、
残りのそれなりに移ったが、このそれなり、
勢いよく芽を出している。
そこそこ芽の整理をしたら5時近くになってようやく仕事収めとなった。

3時頃、
相方の木村さんに奥さんから電話があり、
姫路は雪が凄く降っているので帰り気を付けるように、とあったが
私が帰る時、姫路は雪は降っていなくて、
新宮から降り始め、道路にも積もりだした。

冬用タイヤを履いているからこの位、と思っても
前がトロトロ走るから一緒に従いて行かなくてはならない。

今日はカワハギを買って、
と思っていたが、大原に着いた時にはショッピングは閉まっていた。
仕方がないので、昨夜の鮟鱇鍋の残りで食事をすることになったが、
なんとこれが美味しくて、嵌りそうになりました。

そんなこんなで、こうしてああして、
ずれ込んでいた今年度納めの仕事が終了いたしました・・・。
検索フォーム
プロフィール

Author:松本直美
定年後、岡山・美作で農業を始めて18年。
米作りだけでなく、野菜や花、
果樹、造園についても書いていきます。
造園技能士一級の資格を持っています。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる