柿が雪をかぶると

今年は柿が沢山生って、
まだ取り残しがイッパイあるが
それが熟柿になっている。

そこに雪が降った。

赤く熟れた柿に
白い雪が綿帽子のように載っているのを見ると、
子供の頃に読んだ、雪の降る街を歩いて行く赤頭巾ちやんの話を想い出した。

それが
ここでは沢山の団体さんだから
可哀想な話の筋とは違って、とても賑やかです。
一つ取って食べて見ると、冷たくて甘くとても美味しい。

これが夏にあったら
どんなにみんな幸せに感じるだろう、
と思いながらストーブの前で食べました。

あまりに強い寒さに当たると、
段々に柿の甘みが薄れていくので
早く食べなければ!

と言っても限度があります。
もう充分しました。

こんな幸せ!
田舎はいいものです。

軽トラに冬用タイヤ

昨日
新しい軽トラに
冬用タイヤを履かすべく姫路に行った。

予定の3時に
トヨタの店に行くと
すでに西村さんが待ってくれていた。

「直ぐに作業に掛かるから此処で待っていて下さい」
と言ってクルマを持って行った。

かみさんが一緒に行ってくれたので
二人で店の中で待っていると、
店の女の子がコーヒーを持ってきてくれる。

そうこうしながら
小1時間待っていると西村さんが来て
「済みません、業者の手違いであおりの上のカバーが一つ足りません」と言う。
聞くと、運転席の上の分がないという。

「仕事で梯子を積むので、一番に要るのに」
と言ってみてもどうにもならない。
この店は明日から正月3日まで休み。

それでは来月の4日の仕事始めに、
と言うことで帰ってきた。

今日履いた冬用タイヤ、
今年は少々の雪でもこれで先ずはひと安心。
せいぜい活躍してもらいましょう。

雪かきをする

今朝
積雪の為、仕事に行くのを止めた時は
まだ15センチほどだった積雪が
10時頃には25センチくらいになった。

夜が明けて、太陽が出れば
雪も止むし溶けていくだろう、と思いきや
何と逆に積もっている。

そこで、雪掻きを行う羽目と相成りました。

雪は、大きいけど軽いスコップで掬っていく。

新雪なので柔らかくて軽いけれど、
作業を進めていく内に汗が出てくる
コレ中々の重労動です。

それでも頑張って
小1時間ほど遣りました。

車庫までと、家の入り口までを除けたけど、
その後も降り続いています。

明日は、又雪かきになるかも。

今朝は大雪

朝仕事に行くべく外に出てみると、
何と何と雪が積もっているではないか。
15センチくらい。

新雪だから、と思って
用意をして出て見たが、車が走りそうにない。

少し走ってみたが
シリを振って、これは危ないと思って
相棒の木村さんに電話をして休むことにした。

これが根雪になったらもうお手上げだが、
籠りきりの毎日は何とも退屈です。

そうかと言って、
まだ雪だるまを作る程には積もっていない。

雨なら、止めば何でもできるが
雪はホンと厄介なモンですよ。

雪の舞う山陽道を走る

今日は
娘の居る山口県まで行くことになった。

中国道であれば
ここ大原から高速に乗れるが、
雪が降っているので、大事をとって山陽道を走ることにした。

佐用から上郡を通って
備前のインターから高速に乗せた。
暫く走ると、電光表示板が「雪」と掲示している。

クルマは冬用タイヤを履かしているので
まあ大丈夫だろう、と走って行くとなるほど雪が降ってきた。

降る所ではじゃんじゃん降るが
暫く走るとぴたっと止む、そして又降り出す、といったことを繰り返していたが、
そんな具合で多少積もっている所もあった。

山陽道は
今まで何度となく走っているが、
今まであまり気にも留めず見過ごしていたこの高速の分離帯には、
山茶花が至る所に沢山植えてある。

それも綺麗に刈り込みがなされていて、今が盛りと咲いている。
其の上にうっすらと雪をかぶった姿は何とも美しい。

又、外にもあちこちに山茶花が植えてあり
此方は手入もされてなく、驕り放題に伸びている。
しかし、これはこれで花を満開に付けて
まだらに雪を被った姿が見応えがあった。

雪は
切れ間なく降ったり止んだりを繰り返していた。

今回の山口行は、
沿道の山茶花の花を楽しむことで
あっという間に行き帰りができたような感じでした。

食べてもらえない柿の実

昨日
相方の木村さんから電話があり
「明日、半日の仕事だけど来て欲しい」とのこと。

朝、準備をして外に出ると雪が舞っている。
仕事ができるかな?と一瞬思ったが、
姫路方面は大丈夫だろう、と思い直して出かけた。

佐用の道路脇にある温度計は-4度であった。
雪は、佐用に入ると止んた。

初めての家なので
セブンイレブン刀出店で
木村さんと落ち合って出かけた。

着いてみると
家の後ろが田んぼで
その田んぼに向かって枝を突き出した大きな柿の木がある。
又、家の横が道路で、こちらの木も大半が道路にはみ出している。

どちらの木にも
柿がたわわに実って、今にも枝が折れそうである。

奥さんが出てこられて
「柿の木も剪定して欲しい」と言われる。
「柿の実は」と言うと
「放かしてください」と言われる。
「私は柿が好きですが、奥さんは食べられないのですか」と聞くと
「私はひとつも食べません、宜しかったら持って帰ってください」とのこと。

それでは何故柿の木があるのか、ということになるが、
「裏の木はお父さんの、道路側の木は母の思い出があって」とのことで
「特に裏の木は大事にしたい、道路の木は枯れない程度にして」と言われる。

承知して
庭の木から仕事に掛かった。
庭には、金木犀と柊(ヒイラギ)、そして木槿(ムクゲ)があった。
キンモクセイは半分程切ってあるので、訳を聞くと
自分が切っていたが日が暮れたので止めた、とのこと。
それも中途半端なところで切ってあるので
「コンパクトにしたいのであれば、もっと思い切って切ろう」
ということで小詰めることにした。

さて、柿である。
道路傍のはまだ固くて、食べてみると美味しい。
全部収穫して、道路に出ている枝を整理して裏に回った。
裏の木はとても大きいので剪定は出来ず、枝抜きをして済ませた。

柿の実は、というと
私と木村さんとで分けて持って帰りました。
こんなにたわわに実っても、
家の人に食べてもらえない柿の実ってどんな気持ちでしょう。
聞いてみたい気がしました。

そら豆が伸びてきた

私の子供の頃は戦争後で何もなく、
特に「おやつ」というものは、その言葉も知らないくらいで
初めてオヤツと聞いたのは
大人になりかけた頃のことでした。

しかし
今から考えてみると、オヤツらしきものはありました。

それは、ハッタイであったり、
とうもろこしを炒って粉にしたものであったり、
焼き米(モミを水に浸けておいて、炒って皮を剥がしたものを
熱いお茶に漬けてふやかしたものを塩味で食べる)であったり。

又、時時の果物を食べたり、大豆を炒って食べ、
そら豆を炒って食べたりして空腹を満たしていました。

それらのものは、それぞれに美味しく
今こうして書いていても、その頃の味が思い出せるほどに
身体に染み付いている気がします。

さて
その中の一つであるそら豆を
今年は作ってみることにしました。
モノの本によれば、傍についているおはぐろがそら豆のへその緒で、
黒くなりかけた時に塩茹でにして食べると絶妙、とあり
これを食べなくては、と作ってみることにしたのです。

子供の頃の思い出が少しはあったのかも。

温暖化のことも考えて11月半ばに種まきをしました。
どうか美味しいそら豆ができますように。

軽トラが新しくなりました

姫路にいるお神さんから電話があり
今日トラックが来る、と言うことだった。

そこで
今まで物置の様にいろんな物を載せていた運転席の品物を皆出して、
長年良く働いてくれたお礼に、綺麗に水洗いをして姫路に帰った。

タイヤは
半年ほど前に入れ替えたばかりなので、
仕事の相方である木村さんが呉れたタイヤと入れ替えて帰ったが
前のフロントガラスのヒビは、
私が応急処置で接着剤を塗ってから広がりは止まったままである。

しかし
15年も乗ったクルマである。
外見はマアマアでも、いろんな所にガタが来ている。
まあ、替え時だろうと自分を納得させながら帰った。

帰って暫くすると
セールスの西村さんが新車の軽トラに乗ってきた。

西村さんによれば
「これは、この度トヨタが売り出した軽トラで、姫路では第1号」とのこと。
前面にあるトヨタのマークがよく目立つ。
試乗してみたが、中々の優れものである。

私は大変嬉しくなった。
色々な手続きは全部かみさんが遣ってくれた。

西村さんが帰った後
かみさんが(お祝いだ、ご飯を食べに行こう)と言って
連れて行ってくれたのは開店(12/1)間もない飾磨の回転ずし。
近海物(播磨灘)のネタを直接握ってくれて、大変美味しかった。

私は
ウキウキした気分で古町に帰ってきた。

やはり調子がいいねえ、新しい車は。ほんと嬉しいですよ。

こんにゃくを作ってみた・・・

この春先
ホームセンターの園芸品売場に行くと
(こんにゃく)とあり、持ち前の好奇心から買って来た。

1網に5個入りで
全く何も解らないながら
思いつくままの植え方をしてみた。

なかなか芽が出ないので
途中で掘って見たが、その時芽を傷めたらしく、
3個は芽が出て、傷めたらしい2個は中々芽が出ない。

始めの3個は
ぐんぐん大きく成るのに
こぶれた2個はひと月ほど遅れてやっと出てきた。
そしてこれが、中々大きく成らない。

終いまでその差は縮まらず
秋を迎えてしまった。

さて収穫時、
良く出来た3個は丸々と太った芋が出来た上に、
なお細長い芋がいくつか付いているのに
こぶれた2個は、細長い芋が2個ほど付いているだけで
丸々と太ったのがない。

小さいときは大事ですね、人間も。

とにかく丸々の3個は大成功!
となると、これをどうして食べられる様にするか。

近くの、こんにゃくを作っているおばあさんに
作り方を聞いてやってみた。

芋を湯がいて皮を剥き、
1キロに何グラムかの重曹を入れて
丸めて湯がく。
するとこれで出来上がり。

とにかく初めての事なので
聞いた通りに温度もきっちり守り作ったのです。

これが又美味しいのです。
「これがこんにゃくいうもんや」と言うくらいに・・・
皆で13個できました。

が、終いには
流石にいくら美味しいものでも飽きてきて、
最後の2個を冷蔵庫に入れて忘れていたら
昨日、姫路からかみさんが来て
「これ腐ってる」と放かされてしまいました。あちゃー。
作りすぎたかも・・・

それで今日
「こんにゃくの作り方」という本を買ってきました。

それによると
色々書いてあるが
(こぶれの細長い芋)は何と来年の種だそうな。

それならば、と
今から土作りをして、万全の体制で
来年の収穫に備えることといたしましょうか。

良い腐葉土が出来た

私は
畑で出来る野菜屑や、
家庭の生芥等を捨てないで貯めておき、
腐葉土にして活用しようと集積場を作っています。

始め、
柿の木の下に
ブロックを横に4枚、縦に4段の枠を作り
そこに貯め込むようにしていたら
何時の間にか一杯になった。
が、まだ腐葉土にはなっていない。

そこで、並べてもう一個作り
そこに新しく出来る生芥を入れる事にして
始めの一杯になった分には蓋をしておいた。

このたび
蓋をのけて見ると、
野菜クズや草、家庭の生芥しか入れていないのに
完熟して完全に土になっている。
しかも柔らかくて、
使いやすいいい土になっています。
これに、
少しの堆肥と鶏糞と草木灰を混ぜて鉢土として使います。

沢山出来たので
とても鉢だけでは使いきれない。

残りは畑に入れてやることにしました。
この畑に何の花を植えようか、と楽しみにしています。

チューリップの球根が出てきた

去年
大きなプランターにチューリップの球根を植えた。

春先、芽が出て蕾ができて
もう直ぐ花が、という時に鹿に食べられてしまい、
花も葉も無くなったので今年は諦めていた。

そのプランターに
今度は(ブルーべりー)を植えようと思って
プランターを引っくり返してみたら
何と、中からチューリップの球根が出てきた。

鹿に食べられた後、球根さん、
姿を消していたので、なくなったとばかり思っていたら
地下で芋だけは活きていたのです。

芋は小さく、
今年は花をつけないかも知れない。

でも来年の為に
別の鉢に植え替えてやりました。
色も、5色程あったので
何色が残っているか、これ又楽しみ。

この楽しみ、来年ではなく再来年になるかも。

買ってきたブルーベリーは4本。
二つの鉢に2本づつ植えてやりました。
こちらは来年の夏が楽しみです。・・・

白菜の本漬け

先日荒漬けしていた白菜の水が上がったので
待ちに待った白菜の本漬けをする。

まず湯を沸かして漬物桶を消毒する。
それから
本漬けに必要な薬味を揃えて準備は完了。

荒の重石を取り除き
漬け込む桶に厚い大きなナイロンの袋を入れて
先ずぬかを撒く。

荒漬けの上の方はまだ固い感じがするが、
これをこのまま長く漬け込んでいると
塩味が強くなって漬物がまずくなる。
荒漬けは
70L(リットル)と60L、それに50Lの三つの桶だが、
70Lの荒漬けから始めた。

本漬けする桶は、40Lが二つと30Lが一つ。

撒いたぬかの上に白菜を並べ
又ぬかを撒く。
この時、昆布やだしじゃこも撒いて
又白菜を並べる。
これの繰り返しで桶を一杯にする。

まだ、70Lの分が残っているので
新しい桶に漬け込むのだけれど、
下の方に、荒漬けの60L分の上の方のまだ固い分を置いて
その上に荒70の柔らかい分を漬け込むと
水が上がれば、直ぐに食べられるという訳です。

塩加減ですが
これが白菜を漬ける時の最大のポイントですよね・・・
私はいくらとは決めていません。
まさに手加減。

ずっと以前、
私がつけた漬物をあげたら
「大変おいしいので、家のも漬けて欲しい」と頼まれた事がある。

行くと、白菜がどっさり用意されており、
それと塩がこれまたどっさり用意されていたが・・・
私が一番大切と思う『だしじゃこと昆布』が無い。
そこでそれらを買いに行き漬ける事にした。
白菜を四つ割にして塩をぬり、漬け込む。

これを見ていたその家の人がびっくりして
「そんな少ない塩でいいんですか」
と尋ねられた事があった。

その家が準備されていた塩の
五分の一くらいしか使わずに漬け込みが終った。

その代わり
重石をしっかりとして、
水が上がったら直ぐ知らせて欲しい、といって
帰って来た。

コトほど左様に
塩は、できるだけ使わないようにして
白菜の自然な発酵に任せるのです。

それと
本漬けは糠を使いますが、この時も塩を少し使います。
これで完璧。

今年もまた
美味しい白菜の漬物が食べられます。
美味しいですよ。

柚子の木の小詰め

畑で仕事をしてしていると
近くのおばあさんが、柚子の木が隣の土地にはみ出していて
気になるので少し切って欲しい、
と言ってこられた。

私の仕事は急ぐ事も無いので
行って見るとなるほど5、6本枝別れした木が6メートルほど伸びている。

確かに、
その内の一本が
隣の土地にはみ出している。
柚子の実は、下のほうは取ってあるが
上の方は残ったままでたわわに実っている。
何の実でも
上に成ってる実ほど大きくて美味しいのだが・・・

早速、2メートルほどの枝別れしている所から切った。
そろそろ実が収穫の限界に来ていたので
切り始めるとパラパラと落ちる。

倒して見ると
剪定した枝は立っている時とは又違って
結構大きな物である。
片付けると、お金の話になったので
柚子を少し下さい、と言って
誰もよう取らない高い場所の
大きな柚子を沢山貰って帰った。

さてこの柚子、何に使おうか・・
柚子味噌にしてもいいし
漬物にかけて食べても大変美味しい。

とりあえず晩酌の焼酎に入れてみた。
これがまた美味しいお酒になりますねん。
ほんまです。

大豆をこなす

今朝も大変冷え込んで大霜だったが
太陽が出てからは段々と暖かくなり、風もなく小春日和。

この時とばかり
取り入れていた大豆を拡げて干した。
昼からも良いお天気は続きこなし始めた。

こなす。
どうするかと言えばただ、棒で叩くのです。
ただ叩くと言ってもきつく叩けば潰れるし、弱く叩けば実が落ちない。

ということで
ちよっとしたコツが要るのです。
そのコツの一つ、
大豆の殻を沢山寄せておいて棒で叩く。

辺りに飛び散らないように手加減しながらも、
片手で大豆の殻を回しながら、もう一方の手で叩く。
昼過ぎから3時頃までかかってこなした。

さて肝心の収穫。
14キロ余りあった。

ただしこれは(荒)で、
今から乾燥させて、塵芥を取ったり
虫喰い等のくず豆を除けば半分以下になりそうです。

それでも
今年は鹿や猪に荒らされなくて
大豆の収穫は初めてなので、大変嬉しいですよ。

今年の冬は
雪の中、煮豆でも炊いて食べるとしますか。
それにしても、この沢山の大豆をどうしたものか。

何はともあれ又一つ
秋の収穫作業が終りました。

初めての庭

今日は、
相方木村さんの同僚の
実家の庭を頼まれて網干に行った。

道路に面した所に松とマキが2本、
奥に松1本と樫(カシ)が2本、山茶花が3本。
山茶花は赤が2本と白が1本で
赤は今が盛り、白は終っていた。
そして
小さな紅葉が1本ある状態で
二人で半日ぐらいの仕事である。

私は、道路端の松に取り掛かった。
道路は狭く、乗用車がすれ違うのがやっと。
梯子を立てると危ないので
クルマを少し出して仕事を始めた。

すると奥さんが出てこられて
「何処から来たの?」と問われたので
(この方は兵庫の人だから、美作というと説明がいる)と思い
「佐用の奥です」と言うと「遠くからこんなに早く」
と言って家に入られた。

暫くして
今度は主人が出てこられ、
奥さんと同じ事を聞いて入られ
又暫くすると、「寒いのにご苦労さん」
そして又同じ事を聞かれて、私も同じ返事をすると入っていかれた。
間もなく
又出てきて、同じ事を聞かれる。

お年を聞くと90歳との事。
身体は丈夫そうだが、少し認知症っぽい様子。
それでも、
まだまだ若い者は負けないぞ、と言う気概は持たれていて、
「ゴルフを遣ったら、まだ若いものには負けない」
と息巻いて居られる。

仕事が終わり片付けも終ると、
綺麗になった、と大変喜ばれ、
「来年も又是非」と言っていただいた。
来年までどうか元気でいて欲しい。

ぼけないでねーーー。

樅の木の枝抜き

私が
大原古町に来てもう12年目になる。

2年目に
遊び心で四畝程(糯→モチゴメ)を作った。
5枚ある田圃の一番下に植えたのだが
上の田圃は、晩生(おくて)を植えたので
遅くまで水を入れてやらねばならない。
この田圃、
2年前までの10年間、大豆を植えていて
畑として使用していたので水持ちが悪い。

糯(モチゴメ)を植えている田圃が実って水を止めても、
上の田圃から水が抜け出てくる。
何時までたっても乾かない。

いよいよ刈り入れ、となっても
田圃はじくじくしている。

農業センターに頼んでも
機械が入らない、ということで困っていると、
田圃の直ぐ近くの竹内さんの主人が小さなコンバインを出してきて
(これならずり込まないから)と言って刈って下さった。
本当に有り難いと思った。

それからお付き合いをさせてもらっているその竹内さんも、
数年前に主人が亡くなって、今はおばあさん一人の暮らしである。

そのおばあさんから、
角の樅の木を小さくして欲しい、
と頼まれたのが秋の始め。

直ぐにしてあげよう、と思ったのが
雨が降ったり、台風が何度も来たり、で
ついつい延び延びになり昨日になってしまった。

さて枝抜き。
樅は、勢いの良い木でぐんぐん伸びていく。
それだけに木質は柔らかく切り易い。
「できるだけ小さくして」とのことなので
思い切って枝抜きを進めていった。

てっぺんの枝は
(クリスマスツリーになるか)と思ったが
一人住まいでしかも仏教徒の私が、と思うとその気が失せて
纏めて燃やしてしまった。

樅の木といえば、
昔に読んだ山本周五郎の
(樅の木は残った)と言う小説を思い出す。
その中で、原田甲斐が屋敷替えになった時、
庭の大きな樅の木を移し変える処があった、と記憶しているが
あんな昔にようもまあ、そんなことが出来たものだ、
と思ったことが想い出されてきた。

終って、
「いくらですか」と言われるので
「これこれです」というと「そんなことじゃいけん」
と言われたが、「私がここに来た時、親切にして頂いたのを忘れていませんよ」
と言うと奥に入ってお金とビールを持ってきて、
「こんなことじゃイケンのじゃけんど取っといて」
と言って下さった。
それは遠慮なく頂いて持ち帰り晩酌とした。

そのビールのほんと美味しかったこと。

白菜の荒漬け

一段と寒くなって来たので
白菜を漬けました。

白菜は、
寒くなると美味しくなるので
寒くなるのを待って漬け込むようにしています。

が、このところの温暖化のせいか、
雪の中から掘り出して採った事もあります。
それでもこの寒さは十分だと判断し
今日収穫することにしました。

今年は
種を蒔いて芽が出たら
直ぐ虫にやられて3分の1位に減ったが、
植え直しをしたり、いよいよ足りない場所には
2度目の種を蒔いたりした。
まあまあ家で食べる分くらいは出来ました。

それでも
2度目に蒔いた分は、玉も小さいし締りも緩い。
やはり、今が時期よ、
という時期に大事に扱わないと
良いものは出来ないことが解ります。

私は
ほとんど農薬を使わないので、
苗の小さい頃には、酢を使ったり
石灰を撒いたりして虫の予防をします。

が、大きく成ると
それもかなわず虫が付き始めます。

今日採り入れたのでも
外葉が網の目のようになっているのが沢山ありました。

虫の食べた所まで取り除くと
半分から3分の1位になるのもありましたが
多くは葉っぱを5、6枚めくると綺麗になるので
思ったよりも沢山漬けることが出来ました。

後は
水が上がったら本漬けにします。
この時、だしを沢山入れると
美味しい漬物が出来ます。

なんやかや言うても、
私の漬物を楽しみにしている人
沢山居るんですよ。

その為にも
美味しい漬物が出来るのを祈るばかりです。

すっかり山が冬支度

昨日の冷たい雨で
山の木々たち、すっかり持てる葉を落としてしまいました。
山の地肌が見えて寒そうです。

テレビによると
今日の夕方から雪が降るかもしれないと言っている。
畑の最後の黄菊も終わりになりました。
と、
思いきや、鉢に植えていた寒菊が
まだまだと言う感じで頑張っている。
来年はこれも畑でたくさん咲かそう。
赤紫のきれいな色です。
大きさは中輪・・・

昨年は
食用菊というのを作っていたのですが
今年は消えていました。残念。

今日は良く冷えています。
外に出ると細かい雨が降っている。

今日もテレビの守りか。
退屈は何より身体をなまらせる。
たまらんなあ。

銀杏(ギンナン)を拾ってきました

昨日仕事に行った家は
相方の木村さんの隣の家。

車庫の上に松があり、
その松がかなり高くて
梯子に上ると車庫の高さが加わり
とてつもなく高く感じる。

何とか無事に済ませて、
裏にある銀杏の木を見ると
もうすっかり銀杏も葉っぱも落ちていて
下を見ると葉っぱばかりで銀杏の姿が見えない。

今年はダメか、と諦めていたら
施主の奥さんが出てこられたので聞いてみたら
「葉っぱの下にありますよ」と言うことで、
昼休みに拾いに行った。

なるほど
葉っぱを掻き分けるとあるある、
買物袋を一杯にすることが出来た。
今日は朝から雨で、昼過ぎに止んだので
皮を剥くべく
川で洗ったのでした。

今まで
放ったらかしだった御陰で
皮が柔らかくなっていて剥きやすく
早く終ることが出来ました。

このぎんなん、
今から少しずつ食べるのです。
美味しいのよ・・・

讃岐行パート4

讃岐の丸亀紀行も
最後の目的地、金毘羅さんになりました。

金毘羅さんといえば
思い出されるのが、あの有名な清水の次郎長。
その子分で、一が大政、二が小政、
なかなか名前の出てこない森の石松。

その石松が
親分の代参で行った所が金毘羅さん。
森の石松は代参を済ませて、そしてその帰りに・・・
となるわけですが、この話はここまでの読みきり。

金毘羅さん、
御本宮までの石段が785段あり
麓の土産店では、お客さん用に竹の杖を用意して貸してくれる。
杖は一目でどこの店の物かわかるように印をつけている。
昔は
帰りのお客さんを自分の店に呼び込んで
土産物などを買わしていたのですが。

今は
そういった強制的なことをすれば(三万円の罰金)
と取り決めがあるとかで、杖はお礼を言って返せばそれでお仕舞い。
土産を買うのであれば、杖を借りた店で買えばいいけど
無理して買う必要もないわけです。

さてこの石段、なかなか大変で、
石段の登り口に籠屋さんも居るが、
自分だけでも大変なのに、人を担いであがるなんて、
と考えただけでも大変。

さてと、
杖を借りて、ぼちぼち登りかけたが、
中間の大門が見えてきたところで、
今後のことも考え、体力を保持すべく
引き返すことにした。

前に来た時は
何の気遣いもなく本宮まで行ったが
今回は年を重ね、より広く考えるようになり
慎重な行動をとったのです。

本宮には
堀江さんが太平洋を初めて横断した時の
ヨットが収められており、一見の価値はあるのですが
今回は見ること適わず。
次に来た時の楽しみが出来ました。

街まで降りると
かみ(神)さんが足湯を見つけ、
二人で浸かって、とてもいい気持ちに成りました。

そんなこんなあんなで
今回も楽しい旅が出来ました。
旅はいいですねー・・・

讃岐行パート3

ホテル仕立てのお散歩号が
到着したのが
弘法大師の生誕寺と言われる「善通寺」。

この寺は
中国・唐から帰国された弘法大師が
佐伯家菩提のため
大同二年から六年の歳月をかけて
現在の伽藍の東域に長安・青龍寺を模した善通寺を建立され
真言宗の道場とされた、といわれており
金堂外に五十塔、釈迦堂などの諸塔が建ち並んでいます。

私たちは
赤門から入って釈迦堂にお参りしました。
此処は地下道があり、お大師様の声も聞けると言うので
特別料金を払ってその地下道に入っていった。
中は真っ暗で一寸先も見えない。

左手で壁を伝って行けば出口に出るから、
と言う説明をただただ信じて
そろりそろりと歩いていくと、
真ん中所に薄明があり、
そこから有難いお大師様の声が聞こえてきた。

何を言って居られるかは解らなかったが、
高い料金を払って良く来た、ぐらいの事だったのでしょう。
次に行った時に良く聞いてみます。

有難いといえば
左手で触った壁には仏様が刻まれていて
それに触れると、これまたありがたーいご加護がある、
との事でした。


何しろ真っ暗闇なので
どんな仏様がいらっしゃるのか解らなかったし
歩くのに一生懸命で、指先にそれらしきお姿を感じて出てきました。

お寺の先達さんの話だと
有り難いご利益があるとの事なので
今年宝くじを買えば大当たりかも。

そこを出て本堂の方に行くと
大きな楠が二本あって、
何れも御神木として祭られており
その近くに『五重の塔』が建っている。
この五重塔は
日本で三番目とのことで、見事な塔でした。

本堂にお参りして、
出ると直ぐの所に酒蔵があり
昔の酒を造る様子が人形等で展示してあった。
そこも見物したら、バスの出発時間。

次は
最後の金毘羅さん詣りです。

讃岐行パート2

ホテルの前から出発するバスが
二番目に着いたのが中津万象園。

ここは、
貞亨五年(京極二代目藩主高豊候)により
丸亀藩中津別館として築庭された由。

15000坪の園内は
白砂青松の松原に続いて
1500余本の矮松が植えられており、庭の中心には
京極家先祖の地である(近江の琵琶湖)を象どった八景地が置かれ
近江八景になぞらえて帆、雁、雪、雨、鐘、晴嵐、月、夕映、
と銘した八つの島を配し
その島々を橋で結んだ(池泉回遊式)の大名大庭園で
丸亀市指定文化財の茶亭と母屋が園内に残っている。

中に入ると、
同じ香川にある栗林公園には及ばないが、
素晴らしい松林があった。

何れも綺麗に手入されていて
見事な景観をなしている。

特に凄いと思ったのは『笠松』です。
直径5メートルはあろうかと思われる
番傘の形を一本の松で作り上げている。
本当に見事なものでした。
記念写真も撮りました。

先に進んでいくと
山茶花が群稙されていて、
其れが又、見事に咲き誇っていて
一番いい時期に来た、と思いました。

時間があれば
もっとゆっくり見たい、と思いましたが
時間がなく次の弘法大師がお生まれになったという
善通寺に向かいました。

そこの話は、パート3で。

行って来ました四国の丸亀

4、5日と四国の丸亀に行って来ました。

私の在所は四国です。
四国と言っても西の方で
故郷に帰る時は、何時も丸亀は通っていました。

が、「しまなみ街道』が出来てからは
通らないこともあったりして、
さして気にも留めず通り過ぎていました。

ところがこの度、かみさんに
「のんびりほっこり天然温泉、
 四国讃岐ホテルレオマの森」 に行きましょうよ、
と誘われて行くことにしたのです。

瀬戸大橋を渡るのは半年振り。
何時走ってもいいですね。
瀬戸大橋を渡って四国に入った途端
気分がスーッと和みます。

その讃岐、一言で言うと良かったのです。
ホテルの食事は朝晩バイキング。
沢山頂きました。

次の日はホテルの前から
二つのオプションバスツアー。
一つは大歩危号、二つ目はお散歩号。
私たちはお散歩号に乗ることにしました。
これが良かったのです。

先ず行ったのが丸亀城。
着くと直ぐ「京極隊」というのが迎えてくれました。
これは若い男女がそれぞれ殿様と奥方に扮している。
二人ともそれなりになりきって
「わしは京極誰それである・・・云々カンヌン」
などと笑わせながら、城の謂れなど話してくれるのが
これまた面白い。

そして、圧巻は石垣。
城の石垣と言えば
熊本城と大阪城が私が知る限りは有名ですが
どちらも重厚でまさに重い、と言う印象を受けます。

丸亀城の石垣は
何かしら明るい感じがして
一つ一つの石が小さく整っていて
石垣そのものは横に大きく大変綺麗で
この石垣が丸亀城の最大の見どころだそうで
先ずは一見の価値がありました。ホント。

この後、
中津万象園(丸亀藩の庭園)、善通寺、金毘羅さんと続くのですが
次に譲ることにして今回はこれにて。

北気(きたげ)が来た

今朝は天気が良く
少し寒いが気持ちのいい朝で、散歩に出かけた。

30分程歩くと少し雲がでてきた。
太陽は出ているのに
雨が落ちてきたのである。
「けったいな天気やなー」
と会った人に声を掛けると、その人から
「これは、この辺では北気というんでっせ」と返ってきた。

北気・・
何のことやら解らないままに帰ることにした。

(雨はパラパラっと降っては止み、また降る)
を繰り返して
濡れる程のこともなく家に着いた。

「北気」
辞書を引いたが載っていない。
又、この辺の物知りさんに聞くことにします。

山が何とも綺麗

今、山が何とも綺麗です。

夏の間は、
山の持てる力を全力で出し、そして今。
静かに休む時を得ようとしている感じがします。

夏の間は
多少の濃淡はあるにせよ緑一色だったのが
今はそれぞれの木が持ち味を生かして色付いている。
優れたデザインの布団を思い起こさせるようです。

遠くから見ていると
山の上から転がれば、色付いた上を麓まで
フワフワと転がれるのではないか、という思いに誘われるから不思議です。

何はともあれ
今は何処を見ても、どちらを向いても
紅葉が綺麗、綺麗・・・きれーいです。
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プロフィール

Author:松本直美
定年後、岡山・美作で農業を始めて18年。
米作りだけでなく、野菜や花、
果樹、造園についても書いていきます。
造園技能士一級の資格を持っています。

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