知らないという事は

トラクターが
エアー噛み込みで動かなくなった。

途中で作業を中断していたが
今日は直して貰おうと農協に行った。

ちょうど大塚さんが居た。
訳を話すと、「直ぐに行く」と言って来てくれた。
何とも腰の軽い人だ。
こんな人が居てくれると助かる。

田圃に行って
エンジンルームを開けて、
一分も経たないうちに直してしまった。

私は今後の事もあるので
理由を聞いて直し方を教えて貰った。

解れば
何という事もない、
書くには中らない事でしたが
(知らない)という事は
情けないもので
なんと無駄な時間を費す事か。

また新しく
物を覚えることが出来ました。

残菊ただ一点

今年は
菊の栽培がそこそこに出来た。

今はそれも盛りを過ぎて、
人間で言えば私のような状態になっている。

その中で、一点だけ
今を盛りと咲いているのが居ます(わざと擬似に)。
中輪の黄菊である。

この菊、
だいぶ前に
(竜野の田圃)に咲いていたのを見て
あまりに美しく感じたので
そこにいた持主の方に頼んで
一本貰って来たのが始まりで、
今では菊の主役に納まっている。

つい先日も
通りがかった人が
あまりにも褒めて下さるので差し上げたら
大変に喜んで持って帰られた。
この菊を見て
竜野で私が感じたような人が古町にも、
と思うと嬉しくなった。

私は
作って見たくなったけれど
その人は、そこまでには成らなかったみたい。
もし頼まれれば一株差し上げたのに...。

それでも
菊談義のひと時を楽しんだ一日でした。

オープンカーで縦横無尽に

今日
田圃のオープンカー(トラクター)で
田圃鋤(田んぼ鋤き)をした。

このところの寒波で
オープンカーは寒いかな、と思いきや
今日は小春日和。

鋤いていると
冬眠中の蛙が寝呆け眼で飛び出してくる。

何時もだと、
この蛙を目がけて
トラクターの音がし始めると
空にとんびやカラスが待機するのだが...。
今日は何の加減か、Ⅰ羽も見かけなかった。
それで蛙は命拾いをした。

昨日の昼から始めたのだったが、
今夕、もう少しの所で燃料切れ。
注ぎ足しても
エアーを噛んだのか掛からない。

エアーの抜き方が解らないので、
誰かに聞くことにして
仕舞って帰ってきた。

久し振りに(オープンカー)で
広い田んぼを縦横無尽に動き回って、
大変気分爽快でした。

これが
百姓仕事の醍醐味醍醐味!

柿の収穫

今年は柿の当たり年。
家の周囲に四本の柿の木があります。

少し離れた所に
もう一本西条柿があるのですが
これは先日取って干し柿にしました。

家の周りにあるのは
富有柿が二本、
あとは 平種無し一本、と
義父が植えていた甘渋入り混じった一本。
富有柿一本を除いては
みんな鈴なりに生っています。

鈴なりになっていない木は
夏に撤果を行い間引いたので
玉の大きい実がなっていました。

今日収穫したのは、間引いた富有柿で
収穫籠一杯になりました。

これで今年から来年にかけて
毎日楽しむことができます。

食べきれるかなあ。

寒い寒い

昨日
姫路に行く途中の気温が
大原で−1度、朝5時半、佐用で−2度でした。

またまた
この冬一番の寒さです。
高砂の仕事場に着くと
庭の隅にあった楠(くすのき)が無くなっていました。
昨年から弱ってはいたのです。

特に
中が空洞になっていて
剪定をするにも気持ちが悪い位だったのです。
遂に持ちこたえられなかったようです。
一寸残念。

私は
松の剪定をすべく
梯子に登ると、少し高いだけなのに風が冷たい!
直ぐに降りて車に乗せていたヤッケを羽織り仕事をしたが
そのヤッケ、帰るまで脱ぐことが出来ませんでした。

本当に冬になりました。

良い玉葱の苗

毎年、玉葱の苗は自分で立てます。

種蒔きは
9月5日を過ぎて15日に蒔きました。

今年いつもと違うのは
蒔き床を広くして薄く蒔いたことです。
草が沢山生えましたが、丁寧に草取りをしました。

太くて丈夫な苗ができたのですが、
毎年植え付けてから、「根切り虫」にやられて
沢山の苗が失われるので
今年は蒔く前に(石灰窒素)を施しました。

これをやったので
10日程の間、植え付けができませんでしたが
この(石灰窒素)で、土の中の虫は
全部退治できたと思われます。

来年は
どんな玉葱ができるか
今から楽しみにしています。

お葬式が執れた

一昨日
隣のおばさんが
「酒井のおばあさんが亡くなりました。
 それで、葬式の事ですが、あさっては友引ですので、
 今夜、通夜で明日お葬式です。」
時間はこれこれ、と言って帰られた。

暫く前まで隣保の者は、
葬式の準備は普段着で、山に竹を切りに行ったり、
花とか紙果などの飾りを作る準備に追われていたものです。

が、この頃は
みんな葬祭場でそれ等を行うので
そういう準備が要らなくなって、
(当家と葬祭場での受付だけ隣保で)
と言うことになりました。

だから
以前なれば受付に二人、
この人たちが式服を着て居ればよく、
後のものは汚れてもいい普段着で
忙しく裏方をしていたものです。

が、今は全員式服を着て
家と葬祭場に別れて受付をする様になりました。

私は、
式服を姫路の家に置いているので
取りに帰り、トンボ帰りでこちらに帰ってきました。

亡くなったおばあさんは95歳。
長らくの間寝たきりになっていられ
72才の娘さんが一人で看病されていて、
傍から見ても大変だろうな、と思っていました。

私が畑仕事をしている前の道を
自転車で通るのを見かけると、
「どこ?かいもの?』と声を掛けると
「病院」と、悲しげな、又辛そうな、
そして諦めの入り混じった声で通り過ぎて行かれていたのでした。

今日は
そのおばあさんのお葬式でした。
また茲に一つの人生が終りました。

また一段と寒さが

今朝の温度は外で二度。
霜が降りている。初霜です。

朝早くに病院に行って
カードを入れて順番を取り
八時半からの受付に行く。

そして
九時からの診察を受ける。
それでも、十番位になっている。
昔の因幡街道を歩いて行くのだけれどこの街道、
この秋、舗装をやり変えて
石畳風の舗装でより昔風になっています。

ところで
この寒さで山々が
また一段と美しく色づきました。

テレビの報道だと
紅葉の終った所もあるようですが、
この辺は今が一番の見ごろになりました。

此れが終ると
また長い長い冬がやってきます。

四秒に一人

ブログを書くために
パソコンを開くと、
世界では四秒に一人の子供が亡くなっている、
毎日150円を寄付して欲しい、と出てくる。

確かに気の毒ではある。
が、貧困と言っても子供を産める環境はあるのですね。

しかし
日本では貧しくて結婚が出来ない。
貧しいだけじゃなくて色々な要因も絡んで結婚しなくなった。
したがって子供が出来ない。

いったい
どちらが貧しいのでしょうか。

言葉は滑らかだが

始めはそこそこの人気だった野田さん
毎月10パーセント支持率を下げている。

どうも
国内で言うことと、
外国で言うことの中身が違うらしい。

今回も
バリ島とかでTPPには参加の方向とか
消費税は何年か先に10パーセントにしますとか
と言う約束をして来たらしい。
税金は、どこから取る積もりで居るのでしょう。

マスコミも
外国に公約をした等と囃し立てないで、
「選挙の時の公約と違うではないか」となぜ反論しないのでしょう。

総理はアメリカを向き
マスコミは総理に向いていたら、
国民は皆、そっぽを向いてしまうことにならないのかな。

野田さん、
聞いていたら言い回しがなんとも旨い。
だが真意が伝わらない。

なのに
外国では真意が見える。
これって反対ではないの・・・

ありました昔々の私の写真

私は昔
田舎を出る時
なんとも清清晴れ晴れとした気持ちで出てきました。

今から始まる新しい生活を夢見て
「古い上着よさようなら---」ではないけれど
「古い暮らしよさようなら---」とばかり
それまでの写真など全て家に置いて
サッパリとした気持ちで出て来たのです。

その内
家を取り壊すことになり
その辺の事はすっかり忘れていたら、
かみさんが「お父さんの子供の頃の写真が見たい」
と言い出したような訳で。

そこで、そう言うなら、と
田舎に帰った時に
残っていた物置を探してみたり
姉達にも尋ねてみたが
みーんな「知らない」という。
遠い奈良にいる兄にも
それでもと思って声を掛けていました。

このたび用あって兄の所に行くと
「お前、子供の頃の写真が欲しい、と言っていたが
うちに有るから持って帰れ」
と言って出して来てくれた。

あるある、今は懐かしい捨て去った過去が。

兄は、家を取り壊す時、これらの物を持ち帰ったのだと。
何と有り難いことか。

その兄も、今は脳梗塞を病んで
歩行もままならない状態でもう十年になる。

子供の頃から車が好きで、
家の土間の隅に置いてあった機織(はたおり)機を
自動車に見立てて私を後ろに座らせ、車掌の役をさせて
自分は壊れた三輪車の車輪をハンドルに見立てて、
それなりの運転手になったつもりで、
「はい、バック」と言うと
私が「バック、オーライ」と返すのです。

私はこの時、
初めて英語を使いました。
それが英語とも解らずに。

それほど車の好きな兄が
奈良に出て(トラック野郎)になって
七十近くまで運転できたのは
正に天職だったと思う。

年は取りたくない、と言うがまさに今は・・・
ま、...誰でも通る道ですか・・。

以上が
頼まれていた
私の、小中高時代の珍しくて貴重な
写真どもを持ち帰ることができ
ホッとした顛末でありました。

初めての大豆の刈り取り

五月の中ごろ
此処で庭師をしている小寺さんが
大豆の種を持ってきた。
「余ったから植えろ」と言う。

私は今まで
何度も何度も大豆を植えてきた。
其のつど、猪や鹿に食い荒らされて
今まで一度もまともに収穫した事がない。

そんなことがあるので
一度は断ったが、処理に困っていたのか
「どうでも蒔け」と言うので
蒔くことにした。

私とすれば、
畑の草押さえになれば、
と言う気持ちで蒔いてみたのですが
段々と育つにつれて
まわりの皆の関心が集まる。

(今まで何度も何度も鹿と猪に荒らされて
一度も穫り入れたことがないのに、またまた懲りもせずマアマア)
という思いはみんなおくびにも出さず
「今年は良く出来たなー」と言う。

(どうせ又、鹿か猪のえさになるのに)
と思っているのは此方にもよく判っているので
「どうせ、鹿か猪の餌になるでしょうが...」
と言うと、(納得納得、満足満足)と言う顔で通って行く。

ところがどっこい、
今年は一味違いました。
畑の周りに網を張りました。

お陰さまでえらいモンです。
猪、鹿、の被害が全く無くようく出来ました。

処がところが、
大豆は、殻がよく出来すぎると実が付かない、
と言う恐れがあるのです。
サア、皆の期待はそこに集まります。
期待どうり殻がよく出来ました。

ある人は
畑にまで入ってきて
「あんまり実が付いてないなー」と言って
満足げに帰ります。

又、
「こんなに大豆をどうするん」と言って、
出来ていないと判っていても、
もし出来ていたら?と言う思いから
心配してくれる人もいて、
本当に人の心理が面白く
楽しい毎日でした。

さあ、今日は待望の刈り取り日でした。
楽しみでーす。

収穫量ですか?
未だ解りません。
こなしてみなければ。

又、報告いたします。

元気になっていた伽羅(キャラ)の木

一昨日行った家の庭に、
姿のいいキャラの木がある。
昨年は少し弱っていて
枝の先々が枯れかけていた。

調べて見ると
木の根っこが少し凹んでいる。

奥さんに訳を聞くと
犬が、夏の暑い時
木の下に入って過ごしていると言う。
その時、過ごし易いように掘ったのやろう、とのこと。

私は
刈り葉を木の根元に集めて
鉢の植え替え時に古い土を掛けて下さい、
とお願いしていた。

本当は、
直ぐにでも土を掛けて欲しかったが
街では、なかなか土も手に入らないので
このようにお願いした次第です。

さて
今年行くと、
根元にたっぷりと土が掛けられ
キャラの木も見違えるように元気になっていて
大変嬉しくなりました。

木は
自分の葉っぱを落とし、
其の葉が土となって、その養分を吸い上げ
又、葉っぱを作る。
旨く出来ています。

処が、其の途中
人間が(掃除)と称して葉っぱを取り除く。
すると土が出来ない。

掃除も大事ですが
其れに替わるもの、(一握りの土)でいいので
木の根元に撒いてやって下さい。
皆さんも、どうぞよろしくお願いいたします。

益々寒くなりました

昨日の朝
徳久の温度計は二度。
佐用の温度は三度。
寒くなったんですね。

私は先日
自動車のタイヤを
冬用に履き替えました。
この辺は
交通規制に色々な条件が規せられており、
時々、冬用のタイヤかチェーン装着でないと
通行できないことが有ります。

それで早めにと思ったのですが
こう寒いと早くもないですか。

不思議なことに、
タイヤを履きかえると
一寸出かけたくなります。

まだ雪の便りはないので、
この気持ちを暖めながら
本格的な冬の到来を待っています。

鹿が畑を踏みちゃんこ

秋口に
にんにくの種を買って植えつけた。

揃って芽が出たので
順調に育っていると思って
江見まで行って牛糞を買って沢山施した。

さあ、
ところがその畑を
あろう事か、鹿がこぶっているではないか。

青森の六片にんにくという
特別高いのを二袋も買って植えたというのに...
頭に血が昇った。

が、致し方ない。
残った苗をそこそこに養生した。
今から柿も収穫しなければならず
早くしなければ
またぞろ「熊がつく」と周りが騒ぎ出す。

自然の豊かな所、と云うのは
こんなふうに
毎度毎度大変なんです。

風邪気味

一昨日と昨日、
庭師の相方である木村さんが
鼻水を流しながら刈り込みをしていた。

年もトシやし
傍から見る分には何ともサマにならない。
「一日休もうか」と言うと
「明日は雨で休みにしよう」と言うことに相成った。

他人事ではなく
私も夕方から寒くなって
車に乗せていたヤッケを着て作業を始めたが
(カッコかまい)の木村さんはそのまま作業を続けた。

家に帰ると何だか身体に力が入らない。
ご飯と風呂をそこそこに休むことにした。

処が
早く寝すぎて
十二時に目が覚め、のどの具合がオカシイ。
熱を測ると三十六度五分、まあ平熱。

外に出てみると
雨はまだ降っていない。
まあその内降ってくるだろう。
とにかく明日は休み・・・

自転車の空気が抜けたあ

庭で仕事をしていると
上の酒井さんが、お孫さん三人と
自転車で通り掛かられた。

その時
男のお孫さんが
「自転車の空気が抜けている」と騒ぎ出した。

私が
「ホンプがあるから入れて見たら」
と云うと庭に入ってこられた。
入れてみると全然入らない。
そこで虫ゴムを見ると
肝心の処が傷んでいる。

そこを取り除き入れ直しをして
空気を入れると旨く入った。
その時、「有難う」と言った小さい男の子の笑顔が
とても可愛らしく、ほのぼのとした気分になった。

おじいさんである酒井さんの
何かしら済まなそうな、そして安心したような顔が
これまた印象に残った。

寒くなりました

今朝、姫路に行く時、
高速に乗って直ぐの
道の端に設置してある温度計が4度を指していた。

出る前、梯子を積むとき冷たいと感じたが
気温のことは気に留めなかった。
ここで初めて朝の寒さを感じた。

そういえば
車のファンヒーターは最高の3に成っている。
無意識にしていた。
音が五月蠅いので気がついて
1に落として佐用まで走ると、
佐用にある温度計も4度を表している。
まるで真冬並みである。

出掛けにヤッケを乗せといて良かった、
と思いながら姫路に着いた。

車の暖房で、ヤッケは着る事もなかったが
家に帰ってテレビを見ると
今年一番の寒さだった、と報じていた。
寒いはずだわ。

これで又、山の紅葉が進むだろう。
楽しみ楽しみ。

木の上でもこんな楽しいことが

先日行った庭には
二本の大きなカイヅカイブキの木があった。

何時も
相棒と一本ずつ刈ることにしているがとにかく大きい。
3メートル60センチの梯子が届かない。
そんな時は木に登るのです。

こんな木は
それなりの仕様に成っており
木の天辺から身体が出せて刈り込むことが出来るのです。

何時ものように
天辺から身体を出して刈り込んでいると
下から「おじさんが木の上にいる」と言う声が聞こえる。

下を見ると
直ぐ隣の保育園の子供達が
こちらを見上げている。
園庭で遊んでいる男女の子どもである。

他にも沢山いたが、
その時此方を見ていたのはこの二人である。
私は片手を上げて手を振ってあげると
其の子供も振り返してきた。
私は
今度は鋏を置いて
両手を振ってやるとその子達も両手を挙げてジャンプして応えてくれた。

すると
次々に10人程の子供が
手を振っては駆けだして行った。
その仕草がなんとも可愛くて
その後の仕事が楽しい気分で進むのです。

こんなことが「パワーを貰う」と言うのですね。

消費税、上げんといてや

野田さん、
外国に行って
日本の消費税、今の倍の10%にするという約束をしたんだって。
日本の国民には何も知らせず、いきなり外国で・・・
日本では、外国に約束したから認めてくれ、
と言うのじゃないでしょうね。

今の日本のお年寄り(私もその一人ですが)
どんな思いで日々お金を使っていると思っているんでしょうね・・・

今、日本の電力事情が厳しいので、皆さん節電をして下さい、
といっているが、私なんか大昔から節電はしていますよ。
これ以上切り詰めようが無いほどに。

「どじょう内閣」と言われているらしいが、
日本では土の中に潜っていて、
外国に行ったら顔を出し、言いたいことを言って
日本に帰ったら、「外国とのお約束だから」では
どこの国の総理ですか、と言いたくなりますよね。

一千兆円も国の借金があるのに
国際的には円高になる豊かな?国、日本。

国民を
もっと豊かに暮らして行けるようにして欲しいものです。

干し柿作り

五年程前に植えた西条柿。

三年前に一度植え替えをして
昨年は五個程生って、今年は70個程生った。

今までに熟して食べたのが十個ほど。
収穫してから熟したのが十五個ほど。
後は皮をむいて、藁縄(わらなわ)に吊るした。

なぜ藁縄かと言えば、
以前新聞に
「干し柿は、藁に触れさせることによって
何らかの微生物の働きによって美味しくなる」
との記事を読んだ記憶があって、
今現在、(美味しくなる)
だけが頭の中に残っています。

だから何時も
干し柿を作る時は、藁縄を使うことにしている。

さてこの干し柿
皮を剥くのが大変なんですよ。
特に西条は、四本の溝があって
皮がすーっと剥けないのよ。

時間がかかるが
これが干し柿に成ると
これがまた何とも美味しいのです。

その美味しさを思い浮かべて三時間、
ひたすら皮を剥き、軒下に吊るしました。

昨年は半分ほどを猿に持ち帰られたが、さて今年は?

いずれにしても
あとはお日様のお力をお借りして
美味しくなるのを待つばかりです。
楽しみです・・・

山が色づき始める

近頃一段と寒くなり
特に朝晩の冷え込みが厳しい
と思っていたら、
山々の木の葉が色づき始めました。

遠くから見ると
山全体の緑の上に
ほんのりと赤みが付く。
この時の眺めが私は好きです。

しかしこの状態は直ぐに消えるので
尚、好きなのかもしれません。

私の作っている田圃の
直ぐ近くの山には、
毎年殊更綺麗に色づく紅葉があり
いつも楽しみにしています。
それはそれは綺麗に色付きます。

田圃の仕事をしていて
少し休もうと腰を伸ばすと
目に飛び込んでくるこの見事な紅葉は
疲れを一瞬にして忘れさせてくれ、
自然の持つ力は大したものだと思います。

終の準備

姫路の家の直ぐ近くに
おばあさんが暮らしている。

もうかれこれ5、6年になるか
「家の周りに植えている珊瑚樹の木が驕って
困るので何とかして欲しい」と言ってこられ、
それからずっと刈り込みをしている。

今年も早くから頼まれていたが
やっと都合が付いて昨日刈り込みに行った。
すると
今年は何時もの刈り込みと違って
塀のブロックの内側まで刈り込んで欲しいという。

訳を聴くと
この夏、軽い脳溢血を起こし
1週間ほど入院したと言う。
それで、いつ何があるかわからないので、
周りの方に迷惑がかからない様にしておきたいという。

私が
「子供さんは」と聞くと
「子供は居ない、近くに姪がいるので」
ということであった。

庭の中ほどに
小さな10センチほどの「もっこく」があったので
手を入れようとすると、「それは放っといて」という。
「どうして」と問うと
「それは要らん」「なぜ、勿体ない」と言うと
「勿体なかったら引いて持って帰って」と言う。
それも出来ず、やむ無く切ることにした。

話を聞くほどに
この人、死後人に迷惑を掛けないように、
と凄く気をつけていなさるのが痛いように分かった。

私は何も言うことが出来ず、
自分も同じ状態である、とその時あらためて感じた。

びっしり付いたカイガラムシ

昨日行った家の庭先に
「くろがねもち」の木があった。

背丈は2メートルほどの小さな木で
見ると貝殻虫がびっしりと付いている。
奥さんに「どうしますか」と聞くと
「自然に生えたものだけど切るのは可哀想」
とのことなので、
「この虫のことは」というと
「えっ」と反応される。
「これ虫ですか、私は木の模様かと思っていました」
といわれるので虫であることを説明した。

この虫たち、
奥さんが木の模様と間違われるくらい
びっしりと木に群らがっている。

虫と判れば奥さんも
気持ちが悪くなったのか
「切ってください」という事になり、切ることにした。
奥さんは、何か寂しそうな感じがしたので
「来年になったら又新しい芽が出ますよ。それを旨く育ててください」
と言うと
何か安心した顔になられた。

それにしても
凄い数のカイガラムシの数ではありました。

秋菊が咲き始める

今年は
夏菊を少し植えたので
七月頃から咲き始めたのが
いまだに咲き続けているので
畑が何時もとは違った感じがします。

秋の菊が咲き始めました。
私は以前、大輪の菊を作ったことがありますが
まあ、この手間のかかることかかること。
今はとても出来ないので
手間のかからない小菊を作ることにしています。

この小菊、
放ったらかしにしておくと
とんでもないことになります。

昨年は
挿し木をして植え付け、
支柱を立てたまではよかったが
忙しくて放ったらかしにしていたら
「葉ダニ」が付いてしまい
秋になっても全く花が付きませんでした。

今年はそのつど、
予防や消毒をしたのですが
どんな色の秋菊が咲くことでしょう。

一面、色とりどりに咲くだろうと楽しみにしています。

二回目に蒔いた大根

十月二十日に蒔いた大根が
やっと芽を出しました。

蒔くのが十日程遅れたが
近頃は冬が暖かいから育つだろう、
と、多寡を括って蒔いたけど
ちよっと遅かったかもしれません。

以前にも同じ頃に蒔いてみたが
その年は冬が寒くて大きく成らず
やっと春先になって育ち始め
直ぐにトウが立った苦い経験があります。

さてさて
今年はどうなることやら。
私の勘が当たってうまく育てば
春先美味しい大根が食べられる。ふふふ。

もし駄目でも
春先、細い大根の上にトウが立って
綺麗な花が咲くでしょう。

いずれにしても楽しみです。
検索フォーム
プロフィール

Author:松本直美
定年後、岡山・美作で農業を始めて18年。
米作りだけでなく、野菜や花、
果樹、造園についても書いていきます。
造園技能士一級の資格を持っています。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる