柿の生り年

今年は柿の生り年。

どちらを向いても
柿が沢山生ってしなだれている。

山にも沢山生っているのに、
と思うのに、もう熊が出ているから注意するように、と
防災無線放送で毎夕のように言っている。

それはさておき柿の話。
早く皮を剥いて干し柿にしなければ
柔らかくなって皮が剥けなくなる。
忙しいねー。

処が
柔らかくなった柿がこれまた美味しい。
ホント
幸せなことに、雨が降っていても
軒下から手を伸ばせば柿が取れる。

いいねー田舎は。

倒れた栴檀(せんだん)の木

相方の木村さんから
「半日の仕事だが出てくれないか」
と電話があった。

聞けば
「庭の木が倒れたので処理して欲しい」とのこと。
そこでチェーンソーを持って行った。
なるほど
大きな栴檀の木が倒れている。

下敷きなったのが小さなマキの木一本だったのは
不幸中の幸いと言うべきで
もし隣の家にでも倒れかかっていたら
大変なことになる所でした。
チェーンソーで小切りにしたら軽トラ二台分。
木の中は空洞になっていて
まさに皮だけで活きている状態だったようです。

だいぶ前になるが
日本ミツバチが巣を作ったこともあるそうで
本当に大きな空洞になっていました。

私が通った田舎の小学校にも
大きな栴檀木があった。

ちょうど今頃になると
葉っぱが落ち、黄色く色づいた栴檀の実だけが残ると
ヒヨドリやムクドリがやってきて盛んに食べていたものでした。

今ならさしづめ
鳥の生態だの、教育効果だの言って
騒ぎ立てるところでしょうが
その頃はまったく当り前で毎日が流れていました。

のどかな時代だったと思います。

元気になったヒバ

今日行った先は
明治の始め、
前島密より郵便局の認可を受け
県の有形文化財になっている家の庭でした。

昔の街道筋に建屋があって
建屋の後ろに新しく家があり、
其の間が庭になっている、
つまり中庭的な庭でした。

その中庭に
大きなカイヅカイブキがあり
他にマキが三本とモチノキ、
そして古いサツキが人の背の高さ位になっていて
その下に池があり
池の傍にヒバが植わっている。

処がこのヒバ、
三年前に初めて行った時
大変弱っていて、枯れた枝も何本かある。
葉っぱの色も黄色くなりかけて
今にも枯れるのではないか、
という状態でした。

よく調べて見ると
木の細い根っこが地上に出ており、
其れが原因の一つと考えられました。
又、枯れた枝を切ってみると、
芯が枯れているではないか。
枝に触ると(ぶよんぶよん)した感じがする。

そこで奥さんに
木の根が出ている状態を話し、
「鉢の植変えの時の土をヒバの木の根元にやるように」と
お願いして帰りました。

昨年は
少し良くなっていたが
今年行って見ると大変良くなっていて
びっくりする位であった。
それでも
枝はまだしっかりしていないので
あまり刈らずに帰ってきました。

それはともかく
元気になったヒバに出会う事ができて
とても嬉しく、大変気分良く帰る事ができました。

薩摩杉

今日行った家の庭は
広い庭に沢山の樹木が植わっていた。

その中に一際大きな木があった。
それが薩摩杉である。

薩摩杉は
日頃あまり見かけない木ですが
葉っぱがとても柔らかく、触ると
まるでネコの背中を撫でているような感触を受ける。

私は
造園技能士の、技能試験を受ける時
その中に要素試験というのがあって
木の名前を四百種覚えるように、
と言って渡されたリストの中に
この薩摩杉の名前があり、方々探して
苦労した記憶がある木で
何だか懐かしささえ感じました。

周りの木を済ませて
最後に薩摩杉に取り掛かった。

処がこの木、
幹が腐っている。幹の中身が腐り
周りの皮だけで活きている状態なのです。
相方の木村さんが、木の枝に足をかけたところ
ベギッという音がしたので
直ぐに降りて作業を中止した。

同じ針葉樹でも
ヒノキの仲間はとても強いが
杉の仲間は脆いのです。

例えば
山の木の「枝打ち」という作業があるが
この時、ヒノキは枯れ枝に乗っても容易くは折れないが
杉の仲間は、少し力を加えただけで直ぐに折れてしまう、
という脆さがあるのです。

そこで私達は施主さんに訳を話して
伐るを止めることにしました。

あの薩摩杉、来年まで持てばいいけど...
今日は、心残りな終り方になってしまいました。

熊の出る里

昨年は
夏が特別暑く雨も少なかったので
山の木の実が良く実らなかった。

熊の食べ物がなく
真冬になっても熊が出るので
注意するように、と言う防災無線の放送があったが
今年は?と思っていたら、昨日、
近くで熊を見かけたので注意するように
と言う放送があった。

今年は柿が沢山なっているので
熊は食べ物には困らないだろうと思っていたのに
もうこの時期から熊が里に下りてきている。
何だか今年も、大変な年のようです。

私の所には
家の周りに柿の木が三、四本あり
それが今年はどの木も沢山実をつけている。

私は、ここに来て十一年が過ぎたが
その間に、猪、鹿、狸、猿、狐は
何度も見たことがあるが未だ熊は一度も見たことがない。

見たことはなくても
熊が出る、熊が出ると騒ぎ出すと
周りが、「松本さんとこの柿に熊が付くでー」と言い出す。

そうなると
完全に熟れなくても
早めに穫らなくてはならない羽目になる。

木で完熟させたら美味しいのになあ。

生姜(しょうが)の収穫

この春
ホームセンターに行った時
花や野菜の苗を世話しているおじさんに
「生姜の種はないか」と聞いた処
「今日いいのが入ったで」
と言うことだったので早速買い求めた。

時期が早かったので
籾殻を沢山掛け、その上からマルチをして
養生をしたら旨く芽を出してくれた。

生姜は、
芽を出すまでに時間がかかる。

夏の暑さ対策も
籾殻を沢山掛けたお陰で旨くいき
大変よく出来ました。
今日は収穫するべく掘り上げると
何とあの辛い生姜を、虫が齧っているではないか。
どんな虫が齧ったのか
見てみたいものだと思いました。

早速洗って
かみさんの好きな佃煮を作ることにした。

その前に
大根おろしで少しおろし
砂糖を入れて生姜湯を作り
飲んでみたら此れが又何とも美味しい。

又、来年も生姜を作ろうっと。

今日は雨

今日は
昨夜降りだした雨が朝になっても止まず
九時になってもまだ空は一面厚い雲に覆われていて
周囲の山々もほとんどが霧に覆われている。
つまり真っ白な闇の中にいるようである。

テレビの予報によれば
まだまだ降るようなことを言っている。
したい仕事も出来ず、
うじうじと時を過ごしているしかないようだ。

庭には
咲き残りのむくげの花が
一つ寂しげに咲いている。
百日草は、まだまだと言う感じで咲いているが・・・

畑の縁に
並べて植えている薔薇は頑張って咲いている。
その薔薇の花に青蛙が潜っている。
花に来る虫を待っているのだろうが、
此方には、薔薇の布団に包まっているように見える。

そんな中、
雨はしとしとと降り続いており
これも又心休まるひと時です。

秋の薔薇(バラ)が咲きました

先ごろからの冷え込みの中でも
薔薇が咲き始めました。

秋の薔薇は
春の花とは、又違った趣があります。
秋冷の露を含んだ花びらは
例えようもない美しさです。

今年は春先に
一番大切な花芽を鹿に食べられて、
すっかり、薔薇に対する意欲が失せてしまったのですが。

雑草のなかにあっても
健気に咲いている秋薔薇を見ると、
意欲が失せた自分のことが
済まないような気分になります。

直ぐにでも草を引いて
花を目立つようにしてやりたくても
明日は仕事で出来ず。

明後日は雨、と言っているのでこれまた出来ず。
ホンに、この世はままならない・・・
そんな此方の思惑とは別に
薔薇は秋草の中でも、綺麗に咲いてくれています。

此の花が終ったら、沢山のお礼肥えを施し、
来年は鹿対策も完璧に行って
素晴らしい花を咲かせてやろう、と
今は心から思っているのです。

またまた来年の楽しみが増えました。

楠(くすのき)の剪定

姫路で
ビルの前に植えている「楠」が
茂って鬱陶しいので切ってくれ、という依頼で
相方と作業をしていると
通行する人がそれぞれの感想や、
意見をいいながら通り過ぎていく。
(楠→クスノキ科の常緑高木)

一人のご婦人が
わざわざ傍に来て
「この木はこんなに切ってもいいのですか」
と尋ねてきた。私は「今の時期なら・・・」と応えると
「この木何の木ですか」と言われる。

さてさて
木の名前も判らず
先の質問はないだろうに、と思ったが
「この木は楠です」と答えると
「楠?」と、聞き返されるので
「昔の神話に出てくる、くすのきです」

私は
小さい頃に読んだ本に
「大きな楠があって、その木を倒し
丸木舟を作って、皆、海へ漕ぎ出した」
という話を想い出したので
神話に、となったのですが
はたして神話だったのか、
違う話だったのか、定かではない。

でも、そのご婦人は
「はあはあ」と言って
納得顔で行かれたので
多分神話だったのだ、と得心することにしました。

朝霧の不思議

今朝
五時半ごろに家を出て
姫路に行くべく車を走らせた。
佐用に入ると
かの有名な朝霧がびっしりと掛かっている。
五十メートルほどしか先が見えない。

車のスピードを控えながら
南光町を過ぎ三日月に入ると
さっと視界が開けた感じになった。
しかし
何時もの視界と違うのである。
道路ははっきりと見通せるのに
周囲の景色が見えない。

何と、道路の30メートル程上から
霧がびっしり張っているのです。

何時もは、ここを曲がればこの景色、
あそこを通ればあの景色、と
思い描いて通って行くのが
今朝はまったく見えないのである。

まるで
トンネルの中を走っている様なのに
それでいて一定の範囲は見通せる、
と言う何とも不思議な気分になりました。

自然界って
本当に不思議な現象を見せてくれますねー・・・

懐かしい友と

私は
四十年会社で働いてきたが
その内三十年は(石綿)など扱う作業もあり
三年前に健診を申請して認定された。

それ以降
半年に一回、姫路のマリア病院で健診を受けている。
今日も其の診察日で、マリア病院に行った。

この病院、とても綺麗で
そこで働いている人がみんな、
優しいというか、親切というか
とにかく感じが良い。

こんな病院だと
どんな病気でも良くなるだろうな、
と思いながら指定の所に行った。

そしたら何と、会社で一緒に仕事をしていた、
私と同じ愛媛県から来ている
萱嶋(かやしま)ちゃんがいるではないか。

「やあ、やあ」
と言葉を交わしたが
何か急ぎの用があるとかで
あまり話はできなかった。
が、何かしら懐かしい
ほのぼのとした気持になった。

其のあと、診察室から出てきた川口さんとも出会え、
今日は一日嬉しく懐かしく、思わぬ出逢いに
何だか得をした気分になりました。

看板もいろいろ

昨日
仕事を終えて
姫路から帰って来る時、
佐用の平福から、高速に乗り
大原の終点で降りて一般道に入る時、三叉路になっている、
つまり高速が突き当たりに成っているのである。

正面に
幾つかの立て看板が立っていて
其の直ぐ向こうが川で、川の向こうに家が一軒ある。

時間は六時頃になってもう真っ暗で、
ライトを下向きにして、前の信号が赤なので停まった。
今まで、何十回と通っても気が付かなかったのに
その時ふと、一枚の看板が目に留まった。

よく見えないので
ライトを上向きにして読むと
何と、これがこう書いてある。
『御近所の迷惑に成ります。ライトは上向きにしないように』

この看板がなければ
ライトを上向きにすることはなかったのに・・・

やりきれない電力会社

九州電力に続いて
北海道電力でも行っていたやらせ。

いくら自分達の思惑を通したい、と言っても
やらせはないよねー、やらせは・・・

それが発覚しても、
まだすまし顔で
知事の椅子に座っていられますか。
佐賀県の知事さん。

やらせの北電から
政治献金を貰っている北海道の知事さん。

そんな知事を戴いている
佐賀県と北海道の皆さん、
腹は立ちませんか?

見ないようで見ている

今日の仕事始めは
棕櫚とその下にある石榴(ざくろ)を
切り詰める事であった。

棕櫚の木を倒して小切りしたあと、
次はざくろ、とばかりに見上げると
棕櫚の陰になってはいるが、
ざくろの枝が細く長く伸びて、
なんとその先に実がなっている。

其の実が割れて、
中から真っ赤な実が顔を出している。
一つ鋏で摘んで食べてみると、
酸味が除れて甘くとても美味でした。
仕事中なので
一つだけ食べて
残りは取り置きにしました。

そのあと、
直ぐ上の道路を
自転車で通りかかったおばさんが
「そこになってた其れ、何と言うか」と問いかけてきた。
「石榴ですか」と言うと、
「そうそう、石榴や。何時も欲しいなーと思て、
 見て通るんじゃけんど、もうありませんか」と、
境に植えてある(カイヅカイブキ)の間から
顔を出して尋ねてくる。

「五六個だったらありますよ」と言って
取り置いていたのを渡してあげると、
「これ、置物にしますねん」と言って、
嬉しそうに持って帰られた。

この石榴と道路の間には
(カイヅカイブキ)があり、
しかも棕櫚の陰になって、
私でも直ぐ近くに行くまで気付かなかった
石榴の実の存在を、
自転車で通り掛かりの人が見つけていた、とは
ほんとに(驚き桃の木山椒の木)ではありました。

棕櫚(しゅろ)の木

今日行った仕事は
工場の立ち木の切り詰めで
一本の高い棕櫚の木があった。

この棕櫚の木、
頂点にしか生長点がなく
幹のどこからも芽を吹かないので
切ればそれまでよ・・となることを
仕事にかかる前に説明し、
残す事になっていた。

が、周りを切り詰めると
特に目立って、「切ってくれ」と言うことになった。
昔はこの木、皮を剥いで綱をなっていたものだ。

この綱、
牛の引き綱には、
なくてはならないものでした。

引き綱だけでなく
百姓仕事の全ての綱に利用していたものです。
とても丈夫で、水にぬれても火にも強く万能なのです。

この綱を作る作業が大変で、
皮を叩いて細かくほぐし、
其れを子縄にない、其の子縄を三本寄せて
使い安く丈夫な大縄にないあげる。

この作業は
昔は冬の仕事として
其の年に使うであろう分をなっていたものだ。

今では
丈夫なロープが沢山出回っているし、
農作業でも、あまりロープを使う事が少なくなって
いつの間にか
このロープを作る仕事が無くなりました。

そこで今ではこの木、
ただ上に上にと伸びるだけで
云わば邪魔者扱いになってしまっている。
時代の流れなんでしょうね・・・

今、鉢の代用と言うか
ランなどの鉢代わり(やしの皮代わり?)等に
使われているのをたまに見かけます。

棕櫚の皮も、
あれなら使えると思いますが
引き合わないのですかねえ。

真っ赤な太陽

今朝
仕事で姫路に行く途中
山の上から真っ赤な太陽が顔を出した。

其れはそれは大きな太陽で
真っ直ぐに視線をむけても眩しくなくて
ただ山の上に出てきた、と言う感じでした。

一度山に隠れて
二度目に出てきた時は
金色の輝きに変わり少し眩しくなっていました。

そんなことの繰り返しをしている内に
眩しくなり、金色の輝きも変わり、
普通の太陽になりました。

あのひと時
真っ赤な太陽から
金色の太陽になり、そして何時もの太陽になる。
山に隠れるたび
少しずつ変わっていく様子がとても見事でした。

始めに見た大きな太陽が
色が変わるたびに、少しずつ小さくなっていくのも
これまた不思議な事だと思いました。

処が
仕事を終えて帰りの道で
またまた真っ赤な太陽を見ることが出来ました。

今度は
沈んで行く太陽で、これまた大きく
直ぐに山に隠れましたが
本当に綺麗でした。

こういう太陽を見ただけで
何かいいことが起こりそう、
と思う私は何なんでしょうね。

クモの巣がきれい

何時も通る道路の横の電線に
クモの巣が架かっている。

其れも一つや二つではない。
何十となく連らなっている。

其の蜘蛛の巣に
朝露がかかり、
その朝露に朝露があたり
きらきら光って神秘的な美しさです。

何時もは
朝日が昇る前に通るので
この光景は見ることがなかったが
今朝はグットタイミングで見ることが出来た。

こんな日は
一日中何かいいことがあるような気がする。
不思議なものです。

蜘蛛の巣も
家の廻りに架かると
迷惑をするが
今朝のような事もあるのですね。

軽トラのフロントにヒビ

佐用から高速に乗り
トンネルに入ると
フロントガラスが
ピカピカ綺麗に光る。

不思議に思って
トンネルを出たところで見ると
フロントガラスに十五センチほどのヒビが入っている。

家に帰ってよく見ると
何かが当たった後があり
そこからヒビが延びている。

そのまま
四、五日乗っていると
毎日五センチほどヒビが延びていく。

そこで
今日は佐用のコメリに行って
ガラス専用のヒビ止めと言うのを買ってきた。

ヒビの入った所に塗りこんだが
さてさてどうなることやら。

明日走ってみて
ヒビが延びなければよし。
どんどん伸びて行くようなら
フロントガラスを取り替えるか。
はたまた自動車を取り替えなければ
成らなくなる。

困ったことになった。

堆肥の準備

昨日は
早く大原に帰って来れたので
アイに寄って買物を済ませ、
ふと浜夫先生宅の庭にある金木犀を見ると
綺麗に刈り込まれた玉に花が咲き誇っている。

只、玉の上が徒長して
全体のバランスを崩している。

車を止めて見ていると、
丁度先生が出てこられたので、
聞いてみたら、刈り込んだ後で芽が出たとの事。

「祭りも近いしもったいない」と言うと
「直ぐに刈るわ」と言われた。

「先生は何時もいい堆肥を用意されているが、
 どこで買われるのですか。」と聞くと、
「江見にある牧場で分けてくれる。」と言われた。
「どの辺ですか」と言うと、
「わしも要るので今度行く時、一緒に行こうか。」と言われる。

そこで私は
「明日はどうですか」と言うと、
「明日でもかまへん」という事で
今日の朝8時半、に時間を決めて別れた。

今朝8時10分頃、ピンポンと鳴る。
出ると先生、
「雨が降りだしたのでどうするか来て見た。」と言われる。
見るとポツポツ降り出している。
私は、「これくらい、大丈夫ですよ」
と言って服を着替えた。

先生は
様子を見る、と言いながら
行く準備をして来られていて
そのまま牧場まで随いて行った。

そこは
県道5号線から少し上った所にあり
広い牧場であった。
若い人が来てくれて、フォークリフトで
それぞれの軽トラに満杯積んでくれた。

1杯500円。
大変いい堆肥なので、
これからもちょくちょく行くことにします。

今までは、佐用のアグロで袋入り1袋270円、
4袋まとめて980円、というのを買っていたが
これからは、今日の牧場に行くことにします。

これで畑が、又一段とよくなります。
来年の作柄が楽しみになりました。

金木犀の生還

今日行った家の
庭の隅に大きな金木犀の木があった。

大きく成りすぎて
庭を圧し鬱陶しく感じる様であった。

刈るのに梯子に登っても、
天辺は刈り辛い状態になっている。

木の中を見ると
枝が交錯して
絡み枝あり、交差枝あり、横切り枝あり、と
何とも刈り辛い状態になっていた。

そこで、
「此れを小さくしては如何ですか。」と施主に言うと、
「そんな事ができるのですか。」と問いかけてくる。
「三年間辛抱して下さい。」と言って
全体の五分の一位のところで切り詰める事にした。
そして
乱れていた忌み枝を取り払い、
つまり坊主にしてしまった。

二年目は
残した枝から沢山の芽が出てきた。
余りに多すぎるので
適当に間引いて様子を見ることにして
今年で五年目。

コンパクトにまとまった金木犀が
木の中でいっぱいに花を咲かせている。
嬉しくなって鋏を入れると、
あの得も言われぬ香りと一緒に
金色の花が顕われる。

正に至福の時、
此れも庭師冥利に尽きるひと時です。

茗荷(ミョウガ)の味噌漬け

私の家の直ぐ傍に
古い柿の木が有ります。

その木の下に
これまた古くから茗荷が生えてきます。
今の時期、そろそろ終わりかけですが
茗荷の子が白い花を咲かせながら出てきます。

私は、
この茗荷の子を、
ソーメンのツユや冷奴に乗せて食べるのが大好きです。

茗荷は、食べると馬鹿に成る、
と昔より語られていますが
馬鹿になってもいいから食べたい、と何時も食べます。

この茗荷の子は
七月の二十日頃から出始めて、
次は八月の二十日頃に二回目、
九月のこれまた二十日頃より三回目が出てきます。

一回目は小さいのが出ますが
二回目三回目と段々大きなのが出てきます。
ただ、夏の日照りに水の管理をしてやらなければ
親の方が枯れることがあります。
其れが今です。

昨日、お世話になってる奥さんに
「茗荷は要りませんか。」と尋ねたら
「私も今日、家のを沢山穫ったからいいです。」と
言われ、その後、「茗荷を味噌漬けにしたら美味しいですよ。」
と教えて貰いました。

早速、茗荷を穫って味噌漬けにしました。
そして今日食べて見ると、これ又、何とも可とも
美味しいじゃありませんか。

今年の茗荷は、もう終わりになりましたが
またまた、来年が楽しみになりました。
本当に人生って、楽しみの連続ですね

春菊(菊菜)が美味

この処、
急に寒くなって
朝は十度を下回るようになり
秋野菜が美味しくなってきました。

中でも春菊は
とても美味しくなりました。
これからは
鍋物や、暖かいお汁ものが恋しくなりますが
此れに欠かせない物の一つが春菊ですよね。

春菊は
摘み取ると次々と芽を吹いて
寒さ除けをしてやれば
来年の春頃まで食べる事ができます。

プランターでもよく育ちます。
上手に寒さを凌げば
来春綺麗な花も楽しむ事ができます。

なお、
摘んだ後で少し化学肥料をやると、
本当にいくらでも楽しめます。
ぜひお試しになってみて下さい。

孫が来た

私には7人の孫がいます。

子供は3人で長男、長女、次女です。

孫の方は男三人と女四人ですが
その内の男の子の一人
(台北日本人学校在学、只今秋休みで帰国中)が
碁を打つのです。

今中学一年生ですが
小さい頃から碁が好きで
よく私の相手になってくれていたのですが
始めのうちは其れこそ
箸にも棒にも架からなかったものです。

処が
段々に強くなって
今回は「おじいちゃん、五目置き」ときた。
何っ? と思ったが、言うとおりにして打ち始めた。

処が処が
此れが何とぼろ負けで
此方も焦って何番かしたが
「次は六目やなー」と来た。

それで何とか一矢を報いたが
何とも情けないやら嬉しいやら。

子供の成長は早いものですねー。

金木犀の花と香り

今の時期
町を歩くと
そこかしこからいい香りが漂ってくる。
金木犀である。

身体に染み渡る様なあの香りは
いいものである。

が、あまりに良い香りから
家庭の芳香剤に沢山使われているが
ある学校で、教室に飾ってあった金木犀を見て
「あっ、トイレの花や。」
と言った児童がいた、と言う
笑うに笑えない話がある位
この香りは沢山の所で使われている。

此の花ですが

今年芽を吹いた枝の中頃に
花芽をつける、ので
花は余り知られていない様です。

今年延びた新芽を
花芽の直ぐ上で
刈り取るように木造りを行うと
花が前面に浮かび上って
正に金の玉のように見えます。

これは是非おこなって欲しい作業です。

そういった木の姿を見ていれば
トイレの花はなくなると思いますが。
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プロフィール

Author:松本直美
定年後、岡山・美作で農業を始めて18年。
米作りだけでなく、野菜や花、
果樹、造園についても書いていきます。
造園技能士一級の資格を持っています。

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