聞けば聞くほど

テレビで
安倍さんの演説を聞いた。

あれほど
みんなが知りたい森友学園や、
お友達だと言う加計学園疑惑については何も言わない。
国民に丁寧に説明するといっていたのに。

そう言ったら 
もう説明した気持なのかもしれない。
国民はだれも納得していないのに。

だから、何を言っても白々しく聞こえる。
変わりのように、
北朝鮮の問題を盛んに言って
危機感を煽っている。

煽るといえば   
現在、北朝鮮の周りで、
アメリカと韓国が大規模な演習をして北朝鮮を牽制している、というが、
これは挑発ではないのか。

北朝鮮が何かすると
挑発だと言いながら
アメリカがすることは、牽制だと言う。
北朝鮮からすれば
アメリカが挑発をしている、とならないか。

日本のマスコミも
言葉を使い分けないで報道してもらいたい。

こんなことを考えながら
雨の一日を過ごした。




熱くなって来た 選挙

希望の党の出現によって、

マスコミは盛んに
希望の党と自民党の対決になった、
いっていた。

ところが、
希望の党のメッキが剥がれだした。

つまり、大阪維新の会と話し合いとかで動き始めると
自民党の補完物、
ということがはっきりしてきたので
その人気が急速に下がってきた。
そして現れたのが
市民と共闘する確信の政党、共産党と、社民党、立憲民主党の連合。





市民連合②





この連合は
憲法を守ると言っている。







市民連合





憲法九条を変えると
おおっぴらに言い出したのは今回が初めて。

今までは、言いかけては
国民の反発にあって引っ込めてきた。

安倍さんになって
何でも通ると思ったのか、
改憲をあからさまに言い出した。

すると、今まで言うのを控えていた政党までもが
改憲、改憲と言い出して
今では
八割の候補者が言い出したとか、
恐ろしいことだ。

私は、子供心に、
戦争を二度としないと決めた九条の話を聞いた時は
心がパーッ と明るくなったものだが、

その後、あれはアメリカが作ったものだ、
,と言い出す人がいたが
誰が作ったものでも、いいものはいい。

お陰で70年余、
一度も戦争がなく平和に過ごせた、
こんな幸せなことはない。

そこで今回の衆院選、

市民と野党連合が頑張って
平和憲法を守って欲しい、と切に願っています。






期日前投票に行く

今日は朝から雨。

止んだら
昨日の剪定の続きをしようと
車に一通りの道具を積んで姫路に帰る。

佐用までは
かなり降っていたが、徳久に入ると小降りになって
姫路に着くころには
小雨になっていたが止む事はなかった。

仕方がないので
始まっている期日前投票に行く。
神さんの運転する車で飾磨のリバーシテイまで。

三人ほど待っていたが、
すぐに順番が来て投票することが出来た。 ひと仕事終わった感じ!
ホッ。

投票後、昼食をとって
まっすぐ帰宅。
神さんが撮りおいてくれた
録画の「寅さん」を見る。 マドンナは吉永小百合だった。




寅さん小百合




その間、雨は降るでもなく止むでもなく
中途半端な空模様で、
予報は
ここ二、三日はこの状態だというが

明日止まなければ
大原に帰る。

出来れば止んでくれて
ご近所仕事の片を付けたい。




講釈する人

今日も別所の庭。

相方の親戚になるお宅。
松が二本ある。
見ると、キレイに古葉を落としてある。

昨年、私たちが帰ってから
何日かかけて、二人で落としたと言う。
でも、先の方は出来なかったので
今年は、先の方だけでもしておいて欲しい、 とのこと。

毎年これは頼まれるが
他所との関係でしなかった。
しかし今年は、少しだけしようと取りかかっていると

主人が出てきて
少しだけでいいから、と気を遣う。

私は、集中力が切れそうになると
横にある五葉の松の
古葉を落としながら松の剪定をした。

古葉を落としてから
残りの剪定をしていると、家の主人の友達が来て講釈を始めた。

この方、自分の庭は
自分で剪定しているという。

五葉の松を見て
(ここの五葉はすばらしい、
 五葉は中の古葉をキレイにしなければ、)
といって、中を見たが





五葉松①
五葉松。 葉が五本ずつ束になってつく。





キレイにした後だったので、手持ち無沙汰になったのか
帰って行った。

剪定先もいろいろ。
こうした講釈を聞くこともある。




出始めた矛盾



希望の党



昨年の夏、
仮面ライダー顔負けの人気で
颯爽と出てきた 小池都知事、

彼女が引っ張る地域政党「都民ファーストの会」が
国政進出に伴い、9/25、「希望の党」を設立、
今度は、衆院選に出る、
とマスコミに持ち上げられていたが、

ここにきて
都民ファーストの会から、離反者が出てきた。
それも、この立ち上げに頑張った人らしい、 二人。

何でも、
都議会での
小池さんのやり方が独断的で始めと違う、とか、 これは大きい。

先ごろ、大阪の維新代表や名古屋の知事と会談して、
仲間に、とか言っていたが

こういう経緯は
人気者のすることか、 と自分は思うが、
何と、中から割れてきた。

(大阪維新の会)、の時のような
一時的な人気がいつまでも続く、と感じてのことと思われるが、

国民はよく見ている。
そして、 マスコミの持ち上げも
いつまでも続かないことを。

都知事の人気がいつまで保つのか、
眼が離せなくなった。



上げた拳は、、

この春、共産党が、
豊洲市場予定地が
報告された工事になっていない、
と発表した。

その時、
颯爽と登場した小池百合子さん。

都民の安全のために、安全第一で作り直す、といって、知事選に出て圧勝した。
ところが
当選してからは、とんとトーンが下がって
汚染されたまま豊洲に移転する、
と言い出した。

そして、今回の国政選挙、
いまだ小池さんの人気はあると見えて、
沢山の渡り鳥が集まり始めると
サア、小池さん、 渡り鳥の選別を始めた。
気が合わないと
入れてやらない、 と。

それをマスコミが
二大政党と言って、はやし立てている。

しかしよく見ると
この二大政党たるもの、中身は同じに見える。
マスコミの騒ぎに、
国民もお祭り騒ぎになっているが

しかしこの状態、
どこかの国に似ていないか。
知らず知らずのうちに同じ方向に向かされていないか。

自由と民主主義の名の下で、、
何だか、肌寒い思いがする。

しかし
私たちは、あの苦い戦争を体験している。
祭りに浮かれてはいない人、
は沢山いる。

その人たちの頑張りに
期待を込めたい。



どうなる この国

今まで国民が、
自民党を見限った場合、

必ず
受け皿として、新しい政党が作られ、
国民から支持されながら、 流れは変わらず
結局失望を買って、

次の戦局では
元の木阿弥になって、 自民党が復活、
そして、又政治不信がおきる、、  毎度この繰り返し、

しかし
今回は少し違った。
反自民の中に、共産党が入っている。

すると、
共闘の民進党が抜け出して
自民党の受け皿の(希望の党)に合流。




前原




こんなことで、国民の自民党に対する怒りが収まるか、

これまで何回も
はぐらかされて来たのに、ここで又、自民党の受け皿に惑わされるのか、

アメリカに同調して
北の国の事を殊更に持ち出している自民党を
助けることにならないか、、

どうか
あの悲惨な戦争に
巻き込まれませんように、、、

と、田舎のじいさん、
またまたゴマメの歯軋り。



飛び始めた渡り鳥

このところ
渡り鳥の話で賑やか、  いえ、政界の話。

つい先日、
安倍さんが解散を言い出してから
急に、賑やかになった。

都知事の小池さんが新しい政党を作ったとかで
そこに向かって集まっているらしい。
前にも、そんなことがあったような、  大阪で、
今も細々と続いているが。

何しろ、一時期の人気で出たが
さしたる芯が無い、  始めは自民党を批判していたが
いつの間にか補完勢力になっている。

いや、
中に自浄勢力がないので
今では右派のようなことに、、
小池さんも、同じパターンではないか、、

前知事の後、颯爽と出てきたが
同じ轍を踏んでいるのでは、

新市場の移転問題で
都民の心をつかんでいるとしていたのに
いざ、仕事を始めたら
後戻りを始めたようで、、、  それも中々強権的に。




小池都知事




しかし、
渡り鳥の方々は
知事選の余韻が残っているので、そこに向かって集まりだしたようで、

大阪の二の舞になるのか、

東京の方々は
大阪とは、一味違うと思いたいが。

渡り鳥の先鞭をつけている党は、ココに来て、
早くも矛盾が噴出し始めて
言い訳に必死。

さてさて、
東京の方々、
どんな判断を下されるのでしょう。




意気込んではみたが

アメリカのトランプ大統領、
国連で演説をしたことが大きく報じられている。
北朝鮮に対する制裁処置について。

不退転の気持ちで臨むとか
すごい意気込みだが
しかし、対話については語っていない。

ただ意気込みだけ、で
相手がビビるように思っていないか。
早くも国連の中では
冷ややかな見方が出てきている。

日本のマスコミは
演説の中で(横田めぐみさんの話が出た)と
大きく取り上げているが
解決の見通しについては、何も報じていない。




めぐみさん。




ただ威嚇するだけで、説き伏せられるのなら、もう既に解決の方向に
向かっていると思うが、、、

双方
威嚇ばかりでなく
落ち着いて対話する日は、来ないものなのか。

百姓じじの
ごまめの歯ぎしりです。




姫路、冠水

神さんが帰ってから
眠っていると、九時頃電話がなった、 神さんから。
ひどく興奮している。

聞くと、家の周りが水浸しだという。
何とその水、
ガレージの中まで入ってきている、と。

家を建てて四十年を過ぎるが
今までに二回、ガレージの中まで水が入った。

一回目は昭和49年の姫路水害で
後の一回は、私がここに来てから起きた。
そして今回が三回目。

帰ることも考えたが
夜中に動くとかえって危ないので
とにかく注意するよう指示して、電話を切った。

それから三十分ほどして電話がかかり水が引き始めたと言う、 ヤレヤレである。

テレビを見ると
台風は明石に上陸し、
城之崎がひどい雨だといっているので
姫路は通り過ぎた、と分かった。

それにしても今回の台風
各地にひどい被害をもたらした。

如何ともし難いのが
歯がゆい。




秋の定期清掃

今日は
姫路の自治会の定期清掃。

例年、6月と9月の第一日曜 定例で
いつものように
私はチビッコ広場の植栽の剪定をする。

松が一本あって
秋はその剪定をし
他の木は6月にするようになった。

公園の木なので
市が行う所なのだが、補助が出て地域がやっているとの事。

8時からだったが
着いたら7時半前で、すぐに掛かった。
時間は早いが
自治会長が来て道具の準備をしている。

10時までなので
それまでに仕上げなければならない。
めどがついた時、
他の箇所が終わって、みんなひと休み。

暫くして
会長の近況報告があって終わったが
役員が道具を片付けている時、私も松が終わった。

自治会は
高齢化が進んで、
代替わりや転入で知らない人が増えた。

諸行無常、
世は流れていく。




石綿健診

私は、過去、
石綿を扱う仕事もしてきた。

そのため
半年に一回、姫路の医師会で健診を受けている。
今日が今年二回目の健診日で
朝から姫路に行った。

朝、夜が明けた頃、
台所の電球が切れたので
替えの電球も買いたいと思い、少し早く出かけた。

飾磨のミドリ電化(今、エディオン)に行くと
店員さんがとても親切で
又、その笑顔がとても可愛くて
印象に残った。

その後、久しぶりに
広畑の会社の前を通り、
会社に行っていた頃、よく寄っていた喫茶店に行ったら

ご夫婦でやっておられるのだが
二人ともお年を召しておられて、びっくり。

向こうも、同じように見えただろう、
と、おかしくなったが
そのことは何も言わずに、
やあやあ、で済ませた。

昼から、医師会に行って
健診を済ませ
家で、神さんが撮り置いてくれた映画(ミナミの帝王)を見て、帰宅した。





ミナミの帝王②





途中、佐用で
土砂降りに遭ったが、

大原に着くと
雨はうそのように降っていなかった。



庭の木を伐る

先日、神さんが、
洗濯機の流れがおかしいと言う。

リフォームした工務店に来てもらったら
下水の配管に木の根っこが蔓延って、詰まっているとか。
それで
その根っこを除いたあとに除草剤を掛けてもらったらのが7/27。

今度は
その木が枯れかけている、と言うので
今日は、その木を伐るため
姫路に帰った。





木を切る①





木はヒバの木で
家を建ててすぐに、会社の先輩から貰って植えたもの。
その頃は(盆ヒバ)と言って
お盆には、お墓に飾るものだと言われ
几帳面に飾っていたが、

子育てが大変になると、いつの間にか
それもなくなり、
木は刈り込んで、三メートルほどの高いところに
枝を少しつけただけになっていた。

木は二本。
先っぽの残った枝を伐ったところ、
神さんが出てきて、伐り口に帽子をかぶせてやって、と言う。

根元から伐る気でいた私も
遊び心がわいて、かぶせることに。
そこで
帽子をもう一個持ってこさせて、二本ともかぶせた。





わはは、涼しいか。





又いずれ、伐り倒して、と言うだろうが
まあ暫く様子を見よう。




わっはっは。


おほほ。



この暑さだ、
両君、多少は涼しくなったかな。




何処にいった 拉致問題

昨今、テレビでは
北朝鮮とアメリカの事を盛んに報道している。

日本も制裁、制裁と
一緒になってかまびすしい。
そして
今年の防衛予算は過去最高だという。
それで本当に防げるのか。

防衛、防衛と軍備を強調ばかりすれば
相手も又、それなりの用意をすると思うのだが。

何よりも
今にも帰ってきそうだった拉致されている人たちの姿が見えなくなっている。

前々から思っていたが
拉致された人たちを帰してもらうのに
相手が悪いのに
制裁ばかりを強調していては
話にならないのでは、と思っていた。

この拉致問題、
北は戦争状態だと言うのなら、
そこから始めなければいけないのでは。

いくら制裁をしても
北はそれなりに発展している。

わが国と韓国においても
お互い解決したと言いながら、いまだ揉めている現状を見ると
北朝鮮とも、
始めの始めから話し合う、
ぐらいの事をしないといけないのではないか、

いずれにしても
拉致された人たちが
一日も早く帰国できるよう、できることはないのだろうか。





未タイトル

今日からお盆休み、
と勝手に決めて

と言うより
世間さまがお休みなのに
ガリガリ、キーキー、と機械音を立てては憚られる、
と思っているので
静かに静かに過ごす。

そんなわけで、 することは山ほどあるが
とりあえず庭の草引きをする。
つい先日、
きれいにしたのに
引き始めると、その草の多いこと多いこと!

時間がかかるほどには
キレイにならず、 遅遅として進まない。
まあ、今日は
おまけの仕事、くらいに進めていく。

オクドさんにも火を入れ
沸けば、何時ものように庭の草にかけていく。
草が大きくなっているので
少しくらい掛けても
草は枯れない。
これを遅らせると、何もかも手間が倍増する。

夕方までに
思った半分くらいしか出来なかった、残りは明日、といきたいが
明日は全国的に雨、とか。

うまくいかないものだ。

グズグズしていたら、秋野菜も気になるし
忙しい、 ああ、忙しーーー、

しかし、これは頭の中だけで
身体が随いていかない。



お墓参り

正月を迎えた時、

今年こそは、と色々な抱負を抱いていたのに
これと言って何もしないで
もう八月も半ば、

それでも
昨年患って入院したため
硬くなった筋肉をほぐすのに
やおら一年かかって、
ようやく元の身体に戻ったように思えるのは、今年一番の
成果かもしれない、

と、自分に都合よく解釈して
今日も、 何をするでもないが
熱中症対策だけは万全にして過ごす。

しかし、これだけはしなければ、
と、墓参りに行ったら

どこかのおばさんが
桑の木を車に積んで居られる。
桑の木、何にするのですか、
と尋ねたら
「邪魔になるから伐って、これから捨てる」とのこと。

うちにもあるので、何かに使えるのか、と思ったが
邪魔になるだけ、なのか。

墓参りを済ませて帰ると、何もする気がしない。

明日は庭草の処理でもするか、と
思い描いて過ごす。

どんな一日にするか、と
思いを巡らせるのは愉しい。

さて、
ご先祖さまはご機嫌よくお帰り下さっているだろうか。



喜寿の祝い

昨日(11日)は、
子供と孫たちが
私の喜寿の祝いをしてくれると言うので
姫路に行く。

自分の祝いに姫路に帰る、
という気分は、普段ないので慣れなかったが

ゆったりした気持ちで運転していると
時速は法定速度になっていた。
道中の景色も、いつもと違った感じに見える。

姫路に着くと
前日に来てくれた孫たちが大きくなっているのにはビックリ。

昨年病気をした時に
見舞いに来てくれた孫もいるが
3年ぶりの孫もいる。
私(176cm)より背丈が伸びた次女の長男も。

祝いは「ホテル サンシャイン青山」で始まった。





喜寿お祝い①





はじめに皆が
一言ずつ近況や抱負を言ってくれたが
それぞれしっかりしたことを言うので、頼もしくて嬉しくなった。

食べて、飲んで、和気藹々とした2時間半が
瞬く間に過ぎていった。





喜寿お祝い③





終わると、晩は姫路に泊まって
翌朝 帰岡した。

自分のことで
子供3人、孫6人が集まってくれたのは初めてのことで
面映ゆい気もしたが

一番感じた事は、
いよいよ退け時、ということ。

しかし、それはそれ、無理しないで頑張ってゴー、 だ。




自分史を作る

私は今年77歳になった。
喜寿、と言うそうな。

そこで娘たちが、
お父さんの生きたあかしに
何か記念誌を、 という算段を立てたらしい。

それが昨年の事。 
何か今、そういうことが今時なようで
混んでいて
申し込んで一年たって、順番がきたようで、
今日はそのために午後、東京から二人の方が見えた。





親④





親の雑誌の③





そのため、
神さんはその準備に、午前中奔走、

写真が40枚ほど入用とかで
10冊余のアルバムを持ってきていた。

その方たちが見えたのは一時前で、

私の子供の頃のことから
聞き始めたが、、  その頃の写真はほとんどなくて
私の思い出話だけになった。





親の雑誌②





付き合いだしてからの写真は
神さんが
きれいに整理をしていたので
「分かり易くて助かります」 などとお褒めに預かりよかったようだ。

どんなものが出来るのか、
と思うが
今からも電話で聞きたいので、と言われた。
編集、大変だろうな。

最後は
表で写真を撮ったりして
終わったら4時になっていた。

久しぶりに
長い間、人と話して疲れてしまった私は
五時過ぎには眠ってしまい、

神さんが
姫路に帰ったのは分からなかった。




南東北 紀行 ③

三日目。
朝は八時半出発。

一番に会津鉄道に乗る。
二両編成の小さな鉄道で
私は、一番前の運転席の横に立った。

運転手さんが、
免許があれば運転しても良い、
と言うので、普通車の免許なら、と言ったら、鉄道の免許だと言う。
そんなやり取りをしていると、

運転手さん、
自分の荷物を片付けて
手前が見易いようにしてくれる。

20分ほど乗って
「塔のへつり」に着く。
大昔、対岸の岩が削られて奇岩になっており
吊橋もあって、
渡れるようになっている。

私たちは
渡らず、見るだけにした。

次に行ったのが宿場町「大内宿」、
私は知らなかったが
神さんは、ぜひ一度見てみたかった、と言って感激していた。





rennkyuu1日目。
今日は、3連休1日目の土曜日。






大内宿①





大内宿、
路の両脇に50軒ほどの
わらぶき屋根の家が立ち並んでいる。
ドン突きまで行くと
さらに高いところに登れるようになっている。

頑張って登ると
大内宿の集落が一望できる。





ばんざーい。





中に、屋根の葺き替えをしている家もあった。
私の生まれた家も
草屋根だったので
懐かしく感じた。





屋根吹き替え
左 手前から3軒目、ワラ屋根 葺き替え中。
日曜日(16日)には「モチまき」をすると聞いた。





それぞれの家は、皆、商売をしていて
中でも葱そばが有名だとか。

ネギは、蕎麦に付きものだが
ここのネギ蕎麦は
葱一本で食べる、 途中、葱を齧りながら。

見ていると
食べにくそうなので、私はざる蕎麦を食べた。

そこが今回の旅の終わりで、あとは、元来た道を戻るのみ。

今回の旅は
私たちが最年長ではないか、
と感じた旅でもあった。

この間、東北地方でも
局地的に
ゲリラ的な大雨が米沢を襲ったり、
宿入り直後に大雨が降ったりしたが、
まるで雨が
私たちを避けてくれたようで

ただの一回の雨にも遭わず
私の喜寿記念旅行は、無事終了した。   ばんざーい! ありがとーう。
                               (終わります)



南東北 紀行  ②  

二日目の朝は、
早くに目が覚めて、朝風呂のあと
バイキングの朝食。

八時に出発だが、
予報では雨が降るかも、 と言う。

ガイドさんにも
雨具の用意をと言われ
あらためて、その用意をして出発した。

まず始めは「会津若松 鶴ヶ城」。
途中、戊辰戦争で
旧幕派として戦った会津藩のことや
若くして散った白虎隊の悲話を、繰り返し聞かされる。

お城、  いつも、お城として姫路城を見ているものには
規模が小さく感じられたが、
石垣の矢玉の跡が、痛ましい。
先年放送された
大河ドラマ「八重の桜」は
毎週見ていたので懐かしさも覚えた。





鶴ヶ城
鶴ヶ城全景






鶴ヶ城③






turugajyou
天主を望む





午前で、時刻はまだ早かったが
猛烈な暑さで、神さんはフウフウである。

鶴ヶ城を後にして、次は蔵王エコーラインを走って、蔵王の「お釜」を見る。
バスが頂上近くまで上がるので
降りたら直ぐだった。





蔵王残雪





蔵王残雪②
向こうに残雪が。





朝の雨の心配をよそに
良い天気になって
お日様は、燦燦と照っている。

山上なので、温度が低く
風が爽やかで気持ちがいい。
頂上に上ると
直ぐ下に、お釜が現われた。 廻りにはまだ残雪が残っているところがあって
不思議な感じがする。

ガイドさんは
「お釜が見られる季節は限られているし、
 天候もくるくる変わるので、今日のようにきれいに見えたのは珍しい」と
私たちは運がいい、と言ってくれる。

蔵王をあとに
次に向かったのは、
芭蕉の(奥の細道)で有名な「山寺・立石寺」。

入り口近くのお土産屋ふもとやの駐車場にバスを停めて
百段ほど昇った所が受付で
奥の院は
さらに千段ほど登った所にある、という。





芭蕉翁
芭蕉翁の碑





私は、百段登っただけで
,心臓が踊る感じがしたので、諦めて
そのまま下りて、
みんなが降りてくるまで、(ふもとや)でサクランボアイスを食べたりして
時を過ごした。

降りてきたみんなは
汗みずく、汗だくだく、  狭心症もやっている私には
昇らなかったのは正解だったと思う。

みんな揃ったところで
一路ホテルに向かう。
又、遠路、表磐梯まで南下していたら
ホテルに着いたのは七時前。

七時10分から夕食で
風呂に入る間がなく、夕食に入る。

鶴ヶ城、蔵王のお釜、と
嬉しい観光地巡り、だったが
走行距離が長く慌しかった。

が、とにかく
「蔵王のお釜」が見られたのは、幸運だった。




南東北 紀行 ①

私は今年、満77歳になった。
喜寿と言う節目らしい。

自分ではその気がないが、やはり年は重ねているらしい。
お目出たい、ということで
子供がお祝いに、と
旅行をプレゼントしてくれた。

そこで神さん、
色々検討して、ある旅行社の
「南東北ベストハイライト」を計画してくれた。

今まで、色々な所に行ったが
東北のこの地は初めてなので、五月から楽しみにしていた。

集合が大阪駅で
朝が早い。

で、前の日に姫路に帰って
13日早く出て、姫新線、新快速と乗り継ぎ
新大阪8時44分のサンダーバードで同行の方々と合流、

一路、東北へ。

サンダーバードの終点金沢から
北陸新幹線で上越妙高まで。

ここから、角さん創設の
(越後交通)の観光バスで本格的な観光が始まった。

と言っても、この日は
ここまで来ただけで大仕事、
(五色沼)を見ただけで、あとは宿入りになった。





五色沼





(五色沼)、
途中、道の駅で貰った地図を見ても
どこにもない。

ガイドさんの説明によると
明治時代、磐梯山が噴火した時にできた沢山の沼が、見る時や天気の加減で
色々に見える、
ということで付いた名称で、
沼固有の名前ではないという、 探してもなかったはずだ。

なんでも、
見物に行った沼には、
背中に赤いハートマークのある白い鯉が
一匹居て
近年、デートスポットとかで

その鯉を見ると幸せになると
沢山の人が沼の近くまで行って探していたが

私は、今、充分幸せなので
行かなかった。

そのあと、爆裂火口が口を開けているすぐ前のホテル
「裏磐梯レイクリゾート」に着いた。





裏磐梯

裏磐梯 爆裂火口





裏磐梯レイクリゾート
裏磐梯レイクリゾート





このホテルは、
とにかく大きくて部屋もゆったり、
迷子になりそうなくらい広くて、行き届いた良いホテルで、

飲んだお酒は
さすが、酒どころの会津物、
大変美味しくて、沢山いただいた。

部屋に帰ると、 バタン、で
気がついたら朝になっていた。




都議選に思う

自民党の大敗で終わった都議選、
何だかホッとした。

このところの自民党、
全くの、驕りと傲慢さが目立っていた。

国会の答弁でも、甞めた態度で
まともに応えず
自分たちを批判する者は無視をする。

挙句の果てには国を私物化して
首相夫婦が、おともだちに
(激安特価)で国有地を売ってしまう、ということまでした。

何よりも恐ろしいと思ったのは、わが国を戦争をする国に変えよう、としていたこと。

今回の都議選は
それに、見事なタイミングでお灸を据えてくれた。

それにしても、小池さんの人気は凄い。
先の大阪の
橋下さんを思わせる危惧は
大丈夫か。

もう一つ嬉しかったのは共産党、
前回倍増したので、
今回は、と思ってみていたが
さらに伸ばした。

世の中、少しずつ変わっているのか。


屋根の修理

二階の屋根の漆喰が
剥がれてきた。
ここは寒冷地、
寒さに耐え切れなかったらしい。

13年前、家をリフォームした時、
加古川の屋根やさんが葺いてくださったものだが
この辺の条件が十分に分からず

葺いたので、寒さに耐えられなかった。
その上、昨年の鳥取地震で
この辺りも、だいぶ揺れたが、

その影響か
瓦も割れていると言う。





屋根直し
四人がかり。





屋根修理終了
保繕 終了





幸い、屋根を葺いたあと
余った瓦を
裏にいくらか残していたので
割れた瓦はそれを使ってもらった。

先日、私も屋根に上がってみたが、漆喰の剥がれは分かったものの
瓦の割れまではわからなかった。
さすが本職!  脱帽した。

始めは一日で終わる予定が
明日も掛かるとかで、大仕事になった。





姉の訃報

15日早朝、
愛媛の故郷から訃報が届いた。 
二番めの姉が亡くなったと、  88歳。

16日通夜で、17日葬式だという。

私は、16日の朝発った。
出かける前に、
田んぼや果樹園を見回って、7時過ぎに出発した。

何時もと違って
心は弾まない。
長い道中、今までの姉とのことが去来する。

私は早くに母が亡くなったので
近くに嫁いだこの姉が
何かと母代わりの面倒を見、世話をしてくれたので
その
思い出が一層深くなる。

何時ものように
三番目の姉の所に着いて、世話になる。
この姉も、もう随分と歳だが
いつも優しく、良く世話をしてくれる。

以前は、葬式を家でしていたので
隣保の人たちは、その準備で忙しかったものだが、、

今は、田舎でも葬儀場で行うので
時間になったら、そちらに行けばいい。

通夜、早めに行くと
もう沢山な人が来ている。
本当に久しぶりの人が、沢山いるが、懐かしくても話は弾まない。
姉には孫や曾孫が沢山居て
私には、
誰が誰だか分からなかった。

長らく患っていたので
本人は楽になれたが、 それでも残されたものは
悲しい、
と言うか寂しい。

周りの景色はいつもと変わらないのに
なぜか、違って見える気がする。
不思議だった。


やっと タイヤ交換

今年は交換が遅れて
昨日まで冬用タイヤをつけたままだった。

と云うのも
4月に換えるつもりにしていたら
一時期、寒波が来て
高速の表示に、冬用タイヤ着用と出ていたので

まだいいか、と思っていたら
田植えで忙しくて、今日になってしまった。  トホ、

交換は
姫路の家の近くの
西播ホープ自動車でサービスでしてもらう。

こののサービス屋さんとは、かれこれ50年の付き合いで
いつもよくしてもらう。

先代の社長は亡くなったが
二人の息子さんが継いでいて
いつも気持ちよく、サービスしてくれる。

先代の奥さんも、時折り店にいて
今日もちょうど居られて、話が出来た。
何と、曾孫が三人いる、とか。

大原に帰ってきたら昼すぎで
まだ日は高かったが

一仕事終わった!
と思ったら疲れを覚えたようで、
あとはゴロゴロして過ごした。


種子法改変について

読者の方から
種子法が改正されたが、
それについて記事にして欲しい、と言う要望があった。

恥ずかしながら
この改正された種子法について
詳しくは解らない。

が、今までにも
アメリカ辺りから、盛んにこの件を要望されてきていたが、
この度、
政界の大きな問題の陰に隠れて
いつの間にやら改正された、と思われる。

と言うのも、
日本では、色々な経路で
外国から植物が入ってきて帰化し、
元来からある植物が駆逐されてきていた。

そのことが問題になっていたが
特に、遺伝子組み換え植物については
未だ人体に
どんな影響があるか分からず禁止してきたものが
従来から
アメリカの圧力によって
輸入解禁を迫られていた経緯があり

こんなことから
今回禁止を解除したのだと思う。

遺伝子組み換えの作物が大量に入ってくるだけでも
日本の農家は大変なのに
その上に
人体にどんな影響があるのかわからない植物の輸入を解禁するのは
どうにも早過ぎると思うが、、

何しろ、首相の安倍さん、
アメリカには弱いから、
まあ、こんなことになってしまったのでしょう。

今後、私も気をつけて
詳しく解れば、その時に正確な情報をアップします。


またまた安倍さん、、

二昔も前になるか、

総理大臣の刎頚の友に
便宜を図って大問題になった事件があった。

今度の事件は
総理の腹心の友とかに
これまた、大変な便宜を図った、という事件。
以前のは、総理と刎頚の友、だったが

今回はその前に
奥さんの知り合いさんにも
多大な便宜を図って
国有地を、
無っ茶苦っ茶安く分け与えた後に、
今度は主人が
腹心のお友だちに同様のことを、 のよう。

私には、(刎頚の友と腹心の友)、
の違いがよく分からないが
どちらも仲のよい友だちのようだが、どうだろう。

夫婦して
(仲のよいお友だち)に
国有地を安く分け与えてもらっては
国民は
たまったものではない。
お隣の国でも似たようなことがあったが
大統領は、罷免された。 

それに比べたら
日本人はみんな、人がいいな。



戻りたくない道

国会で
共謀罪が強行採決されようとしている。

今までにも、
平和憲法をないがしろにする法律は何本か強行採決で通されているが
憲法にまでは手が出せなかった。

歴代の政府も、
あいまいにしながらも
平和憲法については手が出せなかった。

 ところが、
安倍さんになってから
急に、この平和憲法に手を付け出した。

今、北朝鮮がどうのこうの、
と言っているが、
かつての日本も同じことをして、  そしてあの悲惨な戦争へ突き進んでしまった。

 思い出しても身震いがするほどの
あの悲惨な戦争、
二度と経験したくないので
今の平和憲法が出来た時は、国中が喜びに沸いたものだ。

しかし
その悲惨な戦後を知らない人が大半になると

漫画ではないが、
敵を懲らしめる軍人の、
忠誠心などをかっこいい、と勘違いして
その下には塗炭の苦しみを蒙る人たちがいるのに、、 なあ。

今、中東やアフリカの一部の国の人々、
今はみんな、勝つことばかり信じているが
一旦、戦争が始まれば
負ける立場に立つこともあるのだ。

安倍さん、
おじいさんの果たせなかった夢のために
頑張っているが
その巻き添えにはされたくない。

今までの七十年間、
平和憲法と国民の頑張りで、
一度も戦さが無く過ごせたのに
何をいまさら戦さの準備なんて、、

 あの悲惨な目に遭わされるのは
ニ度とご免蒙りたい。



平和憲法が危ない

安倍首相が
オリンピックまでに憲法を変えたいと言う。

前々から変えるとは言っていたが
具体的に期日に言及したのは
初めてだ。
私は、いよいよ来るところまで来たか、
と、いう気がする。

戦後70年余り、
 ①  戦争をしないで平和に過ごせたのも、
 ②  戦争にお金を使わなくて産業が発展したのも、

みんな平和憲法のお陰だった、
と私は思っている。

当欄でも、何度か書いたが、
幼児の頃、先の戦争がそれはそれは悲惨な状態で終わった。

このことは、漫画(ホタルの墓)や(ハダシのゲン)で
少しは顕わされているが、実際はもっともっと惨めなものであった。
最良質の漫画であっても
その時の切実さを顕わすことは出来るものではない。

だから私は
平和憲法が出来た時、
曇った空がいっぺんに晴れ渡ったように思って嬉しかったものだ。
すぐに改憲の動きも出てきたが
公にはされなかった。

三島由紀夫が、
自衛隊で割腹自殺をしたときも、
犬死にだった。

自民党の人達も、
改憲を出しかけては引っ込め出しかけては引っ込めして
世論の様子を見ていたが
出し切れるものではなかった。

そこへ安倍さん、
あの悲惨な戦争を全然知らないこの人が
戦後70年を過ぎて、もういい、と思ったのか
とんでもない事を、
次々と打ち出してくる。

そして今回、遂に期日まで切って
改憲すると、、   怖いことになってきた。

私は
ホタルの墓やハダシのゲンの世界は
二度と歩みたくはない。


砂の美術館

今日は朝から雨、
昼前に神さんが来た。

前から約束していた
鳥取砂丘にある砂の美術館に行く。

途中で昼食を取り砂丘へ。
今回は (砂で世界旅行・アメリカ編)。
砂丘に着くと
雨は降っていたが、まだ大した雨ではなかった。

建物の周りは、前回来た時よりきれいに整備されていた。
雨にもかかわらず、沢山の人が訪れていて
外国の人も沢山。 

中に入ると、
正面にナイヤガラを模した建物いっぱいの滝がある。
その上には初代大統領ワシントンと何人かの人物の顔。
下にはデラウェア川を渡るワシントンの像。




ワシントン




その脇には
ニューヨークの摩天楼、等等、
19の作品が飾られていて
毎度のことながらその見事さに目が奪われてしまう。




自由の女神とあ
ニューヨークの摩天楼




アメリカのスポーツ
アメリカのスポーツ




とあ①映画
アメリカの映画  




奴隷解放の父、リンカーン
奴隷解放の父、リンカーン




世界の砂像作家19人が
腕をふるって、見事な砂像美は圧巻のひとこと。
今回はいつにもまして
迫力があった。

開館は二日前の15日で
来年の1月3日までの長期開催である。

今年の2月、
香川の銭型砂像を見た。
これはこれでよかったが、スケールが違いすぎる。

皆さんも
鑑賞されてはいかがでしょう。



検索フォーム
プロフィール

Author:松本直美
定年後、岡山・美作で農業を始めて18年。
米作りだけでなく、野菜や花、
果樹、造園についても書いていきます。
造園技能士一級の資格を持っています。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる