タイヤ交換

つい先日も、
高速道路の入口に
冬用タイヤ着装の看板が
まだ外されず、出ているのを見たが

冬用タイヤをつけている私は
横目で見ながら、
通りすぎたものだ。

さすがに今朝は
もう、要らないだろうと交換に出かけた。
交換は、姫路のサービス店に行っている。

途中、いつものワラビ狩りの場所があるので、寄ってみよう、と
少し早く出かけた。
ワラビはまだOKでソコソコ採れた。

姫路に着いたら七時半で
まだ店は開いていないだろうと
家で少し休んで
出かける。





タイヤ交換





着くと丁度、開いた所で
すぐに取替えにかかってくれ
瞬く間に終わったので、そのまま真っ直ぐ帰宅した。

着いたら11時頃で、

午後は、二番鍬の残りを鋤こうと
1時すぎまで休んだ。

お陰で、
思うように動ける今、 
ありがたいと思う。





加計文書

昼から雨でテレビをみる。

といっても
見たいものがなかったので
国会中継を見ていたら、
安倍さん、
又、新たな問題で追求されている。

先に
愛媛県の知事と今治市とで、首相官邸で会った時、

首相の秘書から、
これは首相関連の事案だ、
と言われたという、そのこと。

そのときは秘書官も、得意になって言ったのだろうが
国会で大きな問題になって
言っていないと、言い出しているらしい。

そのことを追求されて
当の安倍さん、 火消しにてんやわんや、
顔色にも精彩がなく
すっかり疲れた感じ。






加計






見ていて気の毒になるが
代わるわけにもいかず見ていた。

しかし
気の毒感は別にして
夫婦で
国家の財産をお友達に気前よく
与えていたとは、今までにないことだと思うが。

そこの処が知りたい。





どうなっている 日本

今、次々と
なかったはずの書類が出てくる。

森友学園、 防衛省、等々、
全てが、昨年一年間、
,国会で討論されたことばかり。

国会では全て
虚偽の報告の上に立って、議論がなされていた。
今になってみれば、
昨年一年間は、全く虚偽の上での
議論だったわけで

国民を守るはずの自衛隊が
嘘を言って
自分たちを正当化して、

その上、直属の大臣まで
騙していた。

その稲田大臣が、
嘘の上に立ってシャーシャーと答弁をしていたのも滑稽だが、
滑稽では済まされない、、





稲田元大臣





国会招致の動きもあるが
その姿が見てみたい。





平和とは

第二次世界大戦が終わって
七十数年が過ぎた。

私は五歳で終戦を迎え、

小学校に入ったときには
皆に教科書が行き渡らず、くじ引き。

帳面も質の悪いもので
消しゴムでこすると、すぐに破れてしまう。

靴など、まともなものがなく
アメゴムで出来たゾウリが出回ったが、これはすぐに破れて
つかいものにならなかった。

食べ物もろくになくて
野草で食べられるものはないか、と
探し回ったものだ。

主食は、
大根やとうもろこしが主流で
ご飯は麦飯、 
今の米余りが夢のように思われる、そういう時代だった。

あの頃から七十数年、
モノは溢れ、食べ物は粗末に扱い
贅沢に慣れた現代、、

そんな中で、人々の
戦争に対する気持ちが変わってきたように感じられる。

日本には、
武器を持たない、
持ち込ませない、そして作らない、
と云う平和憲法の大原則があった、はず。

ところが、いつの間にか
これらが忘れられてきたようで

(七十数年間守り抜いた平和憲法)が変えられようとしている。

今の日本人は
ほとんどの人が
あの悲惨な戦争を体験していない、が

体験している、していないには関係なく
一度戦争になれば、安全な所はどこにもない。

武器は、
いくら作っても
戦争さえ続けば儲かる、
そんな戦争を
してはいけないし、させてはならない。

平和憲法を守ろう!!






憲法九条②







嘘はダメでしょ

曇りで
その上気温が低い。

外での仕事が億劫で
テレビを見ていた。

そして
奇妙なことに気がついた。
前理財局長の佐川さんを、国会に証人喚問する話。

佐川さんと言えば
国会で
嘘の答弁をして、つじつまを合わせるために
(森友学園にに対する国有地払い下げの決済文書)を
改ざんした人。

その方を呼んで
真相を正そうと言う。

今、自民党は、
嘘がばれたら罪になるから証人喚問は重すぎる、と言い始めた。

こんなおかしなことはない。

国会で嘘を言って
その嘘にあわせて、決済文書を改ざんした人に
嘘がばれたら罪になるのは重すぎる、と。

嘘で固まった人に
本当のことを言わなければ罪になる、と言いながら

聞かなければ
本当のことを言うはずがない。

私たちには
嘘を言わずに、
本当のことを言ってもらわなければ
何が何やら訳がわからない、

さて、どうなることやら、、、




書き換えは忖度か

昨年、2月から
国会で答弁していた
佐川理財局長が辞任した。





とかげ③





報道では
近畿財務局の方が自殺したのが
ゲンインらしい。

その方は、非常に真面目で実直な方だというが
直接、書き換えに参加されていたようで
国会で大問題になり
悩んでいたとか。

痛ましいが、
やらせた人は いけシャーシャーとしている。
そして又
直接の上司は辞めたが、
その上の大臣は
まるで他人事を装ってのうのうとしている、 なんともやりきれない。

が、この田舎で
いくら歯軋りしたところで、、、

安倍さんになって
憲法を改正する動きが加速してきたが、
このことにしても、、
国会議員の入れ替えをした方が
国のためにはいいかも、、

あーあ、
亡くなった方は、
悲しいけれど、
トカゲの尻尾切りになってしまった。





とかげ④






兆し か

朝から雨。

予報では好天のはずが
小雨が降っている。

止んだので
もう上がるかと思うと又降る、 それに気温が低い。
なんとも気の乗らない天気で

仕方なく
今日も引きこもる。

テレビによると
北朝鮮の金さん、アメリカ大統領と会いたいと言った、
そして
トランプ大統領も会いたい、
と即答した、というニュースが流れている。






米朝②






これは
安倍さんが一番恐れていたこと、

盛んに、圧力を、と言っていたのに、
トランプ大統領も会うと言う、

本来なら
日本が仲介の役割を負うべきなのに、
圧力圧力、とオウム返しに言っている間に
いいところをみんな
韓国に持っていかれた、






米朝④





そこで安倍さん、アメリカに行く、と言う。






米朝⑤







何をしに行くのだろう。
どうか、平和のためであってほしい。





チャンとして (森友文書)

今日は朝から雨。

仕方がないので、テレビを見る。
国会中継、

ところが、自然風景ばかり、
訳は、国会に出された説明が間違っていたから、という。
いや、間違っていたのではなく
違ったものが出されて

それに基づいて
議論をしていたのだ、とか。





森友文書①





そんなでたらめができるのか、
と、疑問に思ったが、出来ていた、

その間違ったことに対して
何時間も議論して、結局何もなかったことになった。

総理大臣が謝って
すむ事ではないだろう。

その誤った資料に基づいて
論議したのを含めて、何時間時間を使ったから採決を、
と言っている。





森友文書②





こんな馬鹿なことが
通るのだろうか、
こちとら素人には詳しいことは分からないが
真実を明らかにしてもらいたい。

せめて
国会だけは
ウソのないようにお願いしたいものだが

今回も、駄目のようだ。





石綿健診

今日は、
年二回の石綿被害の健診のため
姫路に行く。

石綿健診は昼からだったが
その前に、兵庫県が行っている高齢者健診を近医で受けるので
朝早く出る、 六時、

まだ辺りは暗いが
準備をして車まで行くと、
何時もの事だが、ガラスが曇っている。
今朝のは、なかなかにしつこい。

中に入り、湯で雑巾をぬらして拭いたが
十分ほどかかった。
辺りが少し明るくなってくる。

姫路に着くと、神さんが
少しよくなったといって、色々準備をしてくれている。
午前の健診は、すぐに終わった。

朝食を抜いていたので
朝昼兼用の食事を済ませて
午後は、石綿健診に行く。

姫路医師会館で受診するが
改築が完成したのか、キレイになっている。





姫路医師会館
姫路医師会館





手順も手際よく
無駄なく進む。





アスベスト①
アスベスト





一時間ほどで終わった。
大原に帰ってきたら 三時。
今日も大仕事が終わった。

アスベスト健診、
次は半年後。





オリンピック閉会

平昌オリンピックが終わった。

冬籠り中、
退屈しなくてよかったが、終わると何故か寂しい。

見ていて感じたことは
よくもマアあんなことが出るものだ、
と思うことだったが、
不思議と危険な感じがしなかったのは
選手の鍛錬の賜物だろう。

人間の能力は
どこまで伸びるのだろう、と考えてしまう。

一番強く印象に残ったのは
女子のカーリングの三位決定戦、
最後の一投が相手にあったとき、もうダメだと思った、
ら、 何と、
日本の石が真ん中に残っていた。

なにも
相手のミスを喜ぶわけではないが
嬉しかった。

それにしても、皆よく頑張ったものだ、
メダルの数も過去最高とか。

メダルが目的ではない、
とは言っても、 やはりメダルを取れば
先につながることだろう。

日本政府は懐疑的だが
朝鮮の融和が進むように、と願う。




髭をそった 先生

今日は月/1の通院日。

何時ものように
朝イチに順番を取りにいく。
今朝は
外に出てみると窓が凍っており

その対策をしていたら
少し遅くなって
病院には 六時35分を過ぎた頃になった。
先に来ている人は三人だけで
私は四番め。

行く前に風呂を沸かして行ったら
帰ってみると
丁度頃合になっていた。

風呂に入って
朝食洗濯を済ませたら、病院の受付時間が近くなる。
慌てて病院に行くと、始まる少し前で

今日は男の看護師さんで、
採血する時も痛くない。
看護師さんになるような人だから、見るからにやさしそうだ。

暫らくして呼ばれ
中に入ると
今までアゴに髭を生やしていた先生が
キレイに剃られている、
髭があったときは、強面の感じだったが

髭をそったら
優しそうな若者の感じがする。

先生、ヒゲ、剃られたたんですか、
と聞くと

照れたように笑って
何も言われなかった。





守りたい 平和憲法

今回の
平昌オリンピックで
北と南が仲良くなりそうだ、

と、日本の政府は
何かといちゃもんをつけている。  

アメリカも
南が北と仲良くなるのではないか、
と、警戒している。

とにかく、日本政府は
圧力、圧力と言うばかりで、何の手も打っていない。
ただただ
アメリカの顔色を
窺っているように見える。

その上、オリンピックのドサクサにまぎれて
憲法九条に自衛隊を書き込むコトに躍起になっている。

そもそも、自衛隊が出来た時、
時の吉田総理は
「軍隊が、表に立つ時は
 国民が不幸になるときだ」と言明した。

その点を
どうか
よろしくお願いしたいもので。




圧巻、羽生結弦選手

外仕事を
早めに切り上げて、

風呂に入ってから
ベッドに入ってテレビを見る。
男子のカーリングをしていたが、あんまり興味がわかない。

いつの間にか眠ってしまって
どれほど眠ったのか、
テレビの喚声で目が覚めた。 

ちょうど男子のスケートで
日本の宇野選手の演技が終わったところだった。
その前に
羽生選手が滑っていたので
モット大きな喚声だったと思うが、それは気づかなかった。

それからスペインの選手の演技、
これも見事で
ルールが分からなくても、充分素晴らしいと思う。

その後、羽生選手たちの演技を
何回も何回も映していたが
見るたびに素晴らしい。





羽生結弦②





参加することに意義がある、
とはいえ
やっぱり勝てば、こうして国を揚げて喜ぶ。





羽生結弦①





明日の決勝も
頑張って欲しい。




報道とオリンピック

昨日、
オリンピックは、参加者はすでに勝者だ、
と同感したばかりなのに

今日行われた,
女子のスピードスケートを見ていたら
始まる前までの
期待というか予想のなかで
金メダルは確実だ、と盛んに言うので、こちらもついつい
その気になって見ていた。

又、リュージュも
メダルは確実と言うような報道をしている。
見る方は、わからないので
報道を鵜呑みに
その気になるが

結果は左にあらず、
となりはしたが

いずれも素晴らしい演技を見せてもらった。
スノーボード、よくもあんなに高く上がれるものだ、
と感心していると、
高く上がったその時点で、又、演技をする。






スノーボード






それだけでも見事だ。
参加した人全員に金メダルを貰って欲しい、

が、勝負の世界は厳しい、
済めば
結果だけを見て
今まで努力したことがダメだったか、のようなことを言う。

本当に大事なのは
それまでの、その努力なのに。

オリンピックは
人生を教えてくれる、と思う。




冬季オリンピック始まる

韓国の平昌で
冬季オリンピックが始まった。





冬季オリンピック開会式





開会式をテレビで見た。
沢山な人と時間とお金をかけて行われている。


いやがうえにも
盛り上げようとする意図が
随所に感じられる。  
参加国も92カ国、
中には一人だけの参加、と言う国も何カ国かあるようだが
日本は、参加の多い国のようだ。

暫らくは、オリンピックがあるので
退屈しないで済む。

どうしたらあんなことができるのか、
というような
演技ばかりで、驚かされてしまう。

オリンピックの会長の話に
参加する人はすでに勝者だ、楽しんで欲しい、
と言う言葉があったが、

その通りだと思う、
みんな金メダルでなくてもいい、怪我をしないで
元気に帰ってきてもらいたい。

明日から又寒波という。
おかげで
冬籠りが愉しくなった。




知人の訃報

今朝、
たまたま
「みまちゃんネル」を見ていたら
神吉八郎さんの訃報が出た。

神吉さんは
私がここに来て間もない頃
「農業センター」に仕事を世話してくださった方。

センターには五、六年行ったが
神吉さんも
そのうちセンターを止められて
今は
イチゴの育苗が専門であった。

その折、
ブログにも書いたが
親苗の土を頂いたこともある。

その間、
神吉さんには、
農業のイロハから
地元大原のさまざまなことを
手取り足取り
色々と教えていただいた。

ここ2、3年は出会う機会がなかったので、訃報に出会いびっくり。

年は、私よりだいぶ若くて63歳、
まだまだ働き盛りなのに、残念である。

今からの大原を、
背負って立つ一人だと思っていただけに、ガックリきた。

何もないところから立ち上げ
販売先を開拓して
大原での雇用にも少なからず貢献されていたのに
誠に惜しい人がなくなった。

もう
悔やんでも仕方がない、
神吉さん、安らかに眠ってください、

南無阿弥陀仏。




頑張れ、親方! ②

相撲協会の
理事の選挙があった。





相撲協会理事選





ひとりはみ出しの11人が立候補、
結果はわかっている。

一人はみ出しの貴乃花。
あくまでも、立候補をする、という。
中々出来ることではない、

今までの状況を見ていると
日本の古いしきたりを一番引きずっているのが
相撲協会だろう。
その中で変革を唱えても、
おいそれ、と変わるはずはないが、

横綱日馬富士の暴行事件に端を発したあとの、貴乃花の頑張りは凄い、
古い因習で,纏めようとする中にあって
一人頑張っていた。

その後、協会の中の隠れた問題が
沢山出てきた、 まだ全て解決されたわけではないが、
出てきただけでも
大きな成果だと思う。

今回の理事選、
マスコミは面白可笑しく
報道しているが、本当に改革してゆきたいのであれば
モット本質を突いてほしいと思う。

親方の得票は少なかったが
必ず新しい流れを作ってくれる、と思う。
どうか後退せず
前に進んで欲しい、  

田舎のじいちゃんの繰言。




雪の通院日

今日は月一の通院日。

心電図とレントゲンを撮るので
朝食は抜いて来るように、
と言われて、食べずに行った。

六時半に順番取りに行ったら
六時半を回っていたのに
私の番は二番、

八時半前に行くと、待っている人は一人だけ。

これで経営が成り立つのか、
と要らぬ心配をしていたら
チラホラと、患者さんが来始めたが、 何時もよりは少ない。

外来処置室で待っていると
名前を呼ばれた、 男の看護師さん、
物腰は柔らかいが
どこか頼りない気がする。

朝ごはんは何時でしたか、と、聞いてくるので、
食べていません、 と言うと
心電図などの検査があるので、空腹ですね、
と言う。

分かっているなら、尋ね方があるだろう、
と思ったが、言わなかった。
雪のせいか
帰るまで、患者さんは少なかった。

帰る頃になると、雨になった。
帰ると、一歩も出ずに過ごす。
気温は低い。

どうか雪が降りませんように。




昔の栄華 今何処。

先の衆議院選挙の時
「希望の党」が圧勝するか、と言われた。

員数が足りず
民主党と統一するといって
進めていたが

時の
希望の党の党首だった小池さん、
(民主党の全部は、受け入れません、排除します)と。

その二年前から
野党と市民連合の協力が行われていたが

排除された人たちが
その時、新しく政党を作った。 「立憲民主党」である。
これを共産党が歓迎して推した。

蓋を開けると
立憲民主党が大躍進、

さて今、
いざ国会が始まる段になって
排除した側の、「希望の党」が、立憲民主党と
統一会派を作りたいと、持ちかけた。

さすがに立憲民主党、これを蹴った。
コレを受け入れていたら
次はなかっただろうが、、  さすが枝野さん、読みが深い。 

それにしても、希望の党、
ついこの間、排除します、と言っておいて日も浅い今、統一をもちかけるとは、
どんな感覚なのだろう。

新しく出来た市民連合をなめたら、 先は、、、





市民連合③





沖縄でまた。

沖縄で叉、
米軍のヘリコプターが不時着した。

昨年暮れには
ヘリコプターの部品が
幼稚園の屋根と、小学校の庭に落ちている。
まるで戦場のようで
安心して暮らせない。

沖縄の人々の怒りは
いかばかりかと思うが、日本政府は
ただただアメリカのご機嫌を伺うばかり。

基地があるから起こる事故なのに
その基地を
叉新しく作ると言う。
沖縄の人たちの気持ちを無視して。

先ごろ、
トランプ大統領が来日した時には
莫大な費用のかかる武器の購入を約束、 北朝鮮の核脅しに対しては
怯えて
危機を煽り立てている。

それにしても
米軍の事故、 多すぎると思うが、、
何かが抜けているのではないか、
行程に縛られて
安全が抜けているのでは、、

今回、北朝鮮が
冬のオリンピックに選手を派遣するという。
アメリカの大統領は、
歓迎する、と言っているが、

日本の安倍首相は
懐疑的なようす。

とまあ、等々、
どうなるのだろう。




頑張れ、親方!

暮れに、大相撲が
大荒れに。

顛末はどなたもご存知だが
私は、始めからこうなるのではないか、と思っていた。

話は
昔にさかのぼるが、
先代貴乃花の兄の若乃花関、
小兵で、相撲四十八手の表裏を知り尽くし
それを駆使して 横綱になった。

そんな小兵の先代若乃花、
横綱になると、世間は横綱相撲の要求を始めた。
それに応えて若乃花、
それなりの相撲をと頑張ったが、 いかんせん、小兵、長くは続かなかった。





先代若乃花①




先代若乃花②





それでも
最後までそれを貫き通して角界を去った。

私は、小兵で、技を駆使して
大きな相手を倒す先代の若乃花が好きだった。

横綱にならなければ
モット相撲人生を長く過ごす事ができた、 と思うが、、、

ところが
先場所の横綱白鵬、 立会いに張り手、勝ち上げ、
と、およそ横綱相撲とはいえない取り口、
しかし
表立ってはだれも何も言わず、 君臨している。

そして今回の
あってはならない暴力事件。

今回、相撲協会は
被害者の、貴乃岩や親方である貴乃花を責めた。
そして、
世論に押されてか、
日馬富士を引退させたが、

白鵬や鶴竜の処分は遅れた。
そして 今、
貴乃花親方の処分が大きく取り沙汰されていたが、 何かおかしい。

貴乃花が
始めに協会に報告しなかったのは
報告をすれば
内々に済まされる、 と解っていたからだと思う。

暴行現場で
白鵬や、鶴竜が、どんな態度でいたかはわからないが
私に言わせれば、
二人も引退するくらいで丁度いい、

今回、
被害者の貴乃岩や親方には
(事件を公にした功労賞)を出すのは 如何、   自論 持論 じろーーーん!





術後はOK、と。

心臓の手術を受けて
一月半経った。

日常の経過管理は
大原病院に移っているが
今日は、執刀してくださった田内Drの診察を受けるため
網干のツカザキ病院に行った。





ツカザキ
病院北側




ツカザキ③
病院東南側





十時の予約だったが
早めに行く。
行くと、レントゲンや心電図の検査はすぐで
その分、診察も早くて、
総じて早く済んだ。

先生は
心電図やレントゲンを見ながら
「順調ですよ」、と笑顔でひとこと、  一安心!

生活の中でリハビリが出来るのだから、頑張ってください、とも言ってくださった。
それを聞いた私は
嬉しくて
身体が軽くなった。

帰りは懐かしい広畑で、
量販店「ムサシ」に寄って買物、
そのあとムサシの横にある(魚ベい)で食事をして帰った。

私はそのまま
大原に帰ってきたが
一週間ぶりの大原は、 やっぱり寒いし
雪も残っている。

明日から、叉冬籠り、
春が待ち通しい。





行く年

私は今まで
過ぎ行く年を、ゆっくり反省したことがない。

というのも、
次に来る年の方が気になって
去った年には思いが至らなかった。
が、今年は
過ぎ去った日々が、次々に思い出されてくる。

今までの年の暮れにも
このように反省をしていたら、叉違った人生があったのかもしれない。
これは愚痴かも、な。

それにしても、今
世の中は、急速に軍事化が進んでいる。
北朝鮮を話の種にして、、、 先の選挙では、 勝利、
これをいいことに
軍需拡大に進んでいるようだ。

年の瀬に
こんなことを反省の一番にするのは
やりきれないが、、

誰かの言葉に、知らないうちに戦争に巻き込まれていた、
と言うのがあった。

そんなことにならないように、
と、願いながら

日本の一年も
私の一年も終わった。




70年前は、日本も

今日、雨で何も出来ず
テレビを見ていた。

すると、昨年行った
奄美大島のことをやっている。
おばあさんが
戦後、奄美大島は、
沖縄と同じように、アメリカの占領統治になっていた、と。

食料は配給だったが足りず
みんな、いつも
お腹を空すかせていて、
毒があると言われるソテツの実を、小さく砕いて一晩水につけて晒し
毒を抜いて食べて飢えを凌いでいた、と。

もう一人のおばあさんは
12歳の時、
黒糖を持って船に乗り、
一の島に行って四日かかって食べ物と交換して帰り

家について、疲れて眠りこんだが、
目が覚めたらお母さんに
このたびの事は
死ぬまでだれにも話さないように、 と言われトラウマになっていた、が

戦後だいぶ経って
やっと気持が楽になった、と話しておられた。

これを聞いて
私も、子供の頃、
田んぼの畦を、
食べられる草を探して
歩いていた人がいたのを思い出して、涙が出た。

今、日本海沿いに
北朝鮮の木造船が
たびたび漂着し
乗組員の死体も上がっている、という。

聞くに堪えないが
何とかならないものか、

今の北朝鮮の状態、
70年前の日本の悲惨さと、
だぶるような気がして、

戦争はダメだ、
とつくづく思うが
防衛予算が、叉増やされる、という。



平和の源は

買い物に行った。

店に入ると
大きな音量でジングルベルが流れている。
もうじきクリスマス。

何時の間に
こんなにクリスチャンがふえたのか、 と思うばかり。
ケーキの注文の紙が
所かまわず張り出されている。

25日になったら
もういくつ寝るとお正月、♪♪ が流れるのだろう。
正月になったら初詣、 神社に行く。

そして、三月はお彼岸、仏様にお参り。

そしてお盆、これも仏様。
秋祭りは神様、、 これらを何の抵抗もなくこなしている日本人、いいです、 平和で。

神のためには、命を捧げても、 
と言いながら
戦いをしている人たちがいる中で、、

みんながこんな考えになったら
世の中、モット平和になるのだろうか、
神様も、
それを望んでいるのだろうか。

人を殺してまでこの私を守れ、と言う神様はいないと思うが。





城崎温泉行、②

昨夜八時に寝てしまい
今日は二時に眼が覚めた。

中は暖房しているので
気がつかないが
外を見ると雪が降っている。
それも半端な降りではなく、積もっている、 ああやっぱりな。





城崎②
部屋のすぐ前、 山麓に円山川が見える。





四時過ぎからホテルでは
周りの雪搔きが始まった。
私は
帰りが心配になったが、 とりあえず朝風呂に浸かる。

もう何人か入っているが、
早いので、だれも無口、
風呂から上がり
外を見ると、雪はしんしんと降り続いている。

ゆっくり朝食をとって
サテ帰ろうか、 になっても雪は降り続いている。
ホテルには
雪ブラシ貸します、とあったが

何のことか解らず
Pまで行くと、20センチほどの雪が積もっている。
そこで(雪ブラシ)の意味が解った。






城崎③






城崎④






神さんが引き返して
それを借りてきたので
それで車の雪を落として、 何とか道路まで出ることができた。
雪は降り続いている。

帰りは南にとって
姫路まで出るか、来た道を帰るか、 で迷ったが
空が明るくなってきたので、
鳥取の方を回ることにした。

ところが、途中、道に雪が残っていて
こわごわ走る。
ときおり神さん、怖さのあまりか奇声を発する。
その声の方に
私は怖さを感じるので、 出さないように言っても聞かない。
よほど怖かったのだろう。

日本海の見える所にくると
波は昨日と比べると、小さくなっている、
でも、 瀬戸内ではとても見ることが出来ないほどの波が立っている。

鳥取県に入ると
雪はぐんと少なくなって、鳥取市を出ると殆ど消えていて
大原に着くと、降ったんだな、と言う状態だった。

テレビをつけると
日本海側では猛吹雪になっている、
と言っている。

その中をくぐり抜けてきたか
と思うと、感慨ひとしおのものがあった。

まあ、
私には、先月からいろいろあった、

しかし運転も出来た、
そして、温泉で傷も癒した、  神さん、誕生日おめでとうな。

  (終わります)



   

城崎温泉行、①

12月10日は神さんの誕生日。

ずっと以前から
予定を立てて
お祝いの変わりに、城崎温泉へ行くことにしていた。

ところが
私の入院という一大事件勃発、 取りやめようか、とも思ったが
その前に
退院出来そうな雰囲気になって

私も人一倍リハビリを頑張って
7日に退院した。
然し
今までと違って、早速動く気になれない。
三日間、じっと我慢をしていて11日になった。
10日は満杯で、予約が取れなかったという。

入院の段階では、
私の身体を気遣って
神さんが運転していくハズだったが
その時になってビビる。

急拠、私が運転することになったが
私もリハビリのつもりで
19日ぶりに乗ってみると、 らくらく出来る。

山々はすっかり冬景色。
鳥取に入って、9号線を行くか、 178号線で行くかで迷ったが
海岸線の178号線をいくことにする。

日本海が見え始めると
大波が立っている、 見応え満点、
それを横目で眺めながら
城崎に着いた。

すると神さんが、ここ前にも来た、 
と言い出した。
私はすっかり忘れていたが
フロントの方が、 以前にもご利用して頂いていますね、と言われて分かった。

部屋に入るとすぐ、
一階の大浴場につかる。

湯から上がると食事。
今の時期は、蟹、
入院で食が細くなっているとはいえ、蟹を満喫。






城崎①






部屋に帰ると神さんが
「雪が降ってるよ」という。
外を見ると
照明の中に、雪が舞っているのが見えた。 明日は積もるな。

ベッドに入ると
いつものごとくバタン! 
3時間半の運転の疲れも出たのか
すっかり寝入ってしまった。     (続けます)




帰ってきました、④

7日、退院。
神さんの車で大原に帰る。

私の軽トラは
見舞いに来てくれた長女が
神さんと一緒に大原に運んでくれている。

着いて、まず感じたのが
寒いこと。
病院は、完全暖房で
寝衣一枚で過ごしていたので、とても比較にならない。

神さんも、
あまりの寒さに浮き足立っている。
それでも、
姫路で買ってきた肉で、ささやかながら
退院祝いの「すき焼き」をしてくれたが、 私はあんまり食べられなかった。
神さんは、パクパク食べていたが。

夕方になった。
神さんに、姫路に帰るように言うと
家の中を片づけて帰っていった。

次の日も、寒い。
今までの退院と違って、すぐ動く気がしない。
その日は一日中、ベッドに籠って過ごした。

リハビリのつもりで動かないと、
と、思いながらも
動く気がしない。

入院する前に蒔いたエンドウは
寒さのためか、まだ芽を出していない。
柿はすっかり葉を落として、実だけが鈴なりになっている。

しかし私は
全てを自然に任せて何もしない。

退院三日目の昨日、
取り残していたキウイを、収穫して食べてみた。
寒さにあって
追熟しなくても食べられる。
病院でよくでた果物だ。

寒さは今から。
しっかり養生して、春に備えよう。   (終わります)
     

追   お読みいただきありがとうございました。




帰ってきました、③

猪、鹿、カラスと戦いながら
毎日を過ごしていたが

先月、陸奥へ
大掛かりな旅行を企てた。
最後の頃、
下北半島の「恐山」に行き、神社のPでバスを降りて山門を入ると
テレビに出てくる異様な情景が広がる。

神さんは、興奮気味になって写真を撮る、
同行の皆は先に進んでいく、
私は気になったが、
神さんに負けて付き合っていた。

社殿に入ると、
賽の河原のケルンがいっぱいある。
皆はもう、丘を越えてはるか下の湖まで行っている。
私も、行ってみようとしたが、
どうにも足が進まず、気が重い、

そこで
丘の上で引き返す、
そんなことがあった。

その後は何時もと変わらず
帰姫の日になった。
最寄の駅について、留め置いた自転車で帰りかけると
胸に痛みを感じた。 11/6のこと。

途中、自転車を止めて休み
やっと帰りかけると
先に帰った神さんが、あまりにも私が遅いので
心配して迎えに来てくれたが
その時にはもう
胸の痛みはなくなっていた。

その後は毎日、何となく過ごしていたが
神さんは、
その間に福間先生に行って
何かと相談していたらしく
帰って来い、と言う。

22日私が帰ると、すぐにツカザキ病院に行くことになった。
聞けば、
福間先生に紹介状を書いてもらっている。

すぐに
神さんの車に乗せられて
ツカザキ病院に行った、 まだ8時になってなかったと思う。
19年前、
当時の塚崎記念病院でお世話になったことを伝える。

今、記念病院に問い合わせていますから
暫らくお待ちください、とのこと。

そのうちに私は手術室に、、
その後のことは、記憶にない。
気がついたら
やけに、胸と足が痛い、イタイイタイと言ったのは記憶にあるが
すぐに眠ってしまったらしい。

次に気がついたときには、
手術をしたことがわかった。 何しろ、息がしにくい。
と言うのも
大きく吸い込めば胸が痛い、それより辛いのは
セキができないことで
咳き込むと
胸が張り裂けるように痛い。




ふつかめのお父さん。




三日目。25日。




痛み止めを貰っては眠り、
だましだまし、三日を過ぎた頃から少ーし楽になった。
病名は「不安定狭心症」。

術名は(冠動脈バイパス術)、で
冠動脈に3本のバイパスが通った。
開胸して、
七時間の大手術だった、という。

動脈硬化のため、
血管が硬くて、
普通五時間の手術に7時間要した、と聞いた。

三日を過ぎた頃から
先生や、看護師さんがわかるようになった。
先生は、「田内先生」、まだ若くてイケメン、




4日目。26日。




看護師さんは時間で交代されるが
どなたも優しくて、親切、
時間の始まりに、自己紹介に来られ、今から、担当します、と言われる。
これだけで親しみが持てる。

そうして1週間が過ぎたら
リハビリが始まった。
私の担当は金井さん、
若い、そしてソツがない、 話していて愉しい。





長女の見舞い、8日目、30日。
長女が見舞ってくれる。




10日を過ぎた頃、大部屋に移った。
五階の窓際で、
網干の情景が一望できる。
すぐ前を山陽本線が、 遠くに新幹線が走るのが見える。





開胸。





右足10日目、2日。





左足、10日目、2日。





周りの山は
秋真っ盛り、
綺麗に紅葉している様子は、
病気でなければ
スぐにでも飛んで行って見たいくらいきれいだった、

そして空、
刻々と変わる雲の変化は
いくら眺めていても、厭きない。

そんな風にしながら
二週間が過ぎ、 そして退院の日がきた。   (続けます)




帰ってきました、②

果樹を植えだしたら
問題が起きた。

植えた果樹を
鹿が食べてしまうのだ。

植えて間なしの木は、そのまま枯れてしまうし、
少し大きくなった木でもコブレて、植えかえなくてはならない。
何回植えかえたことか。

周りを囲ったり
糸を張ったりして対策をとった。
時には
鹿と格闘して仕留めたこともある。

こうして
押したり突いたりしながら
何とか過ごして、ヤット実が生り出した。

ところが、ここにきて、又問題、、
実を収穫する前に
今度はカラスが、やってくる、 またまたこの対策、今に至っている。

さて、
忘れもしない昨年五月二十日のこと、
明日田植えなので、センターに代掻きを頼んでいた。
私は、といえば
姫路でどうしてもの用がある。

そのため、朝早く、水の調節をしに田んぼに行ったが
何かおかしい、
身体が安定しない、 足が滑る、、

酒が残っているのかな、
と見過ごして、姫路に帰ったが、
途中、
車の運転が怖い、 あとから思うに
病気はもう、眼に来ていた、、
対向車が恐い、 後から来る車をやり過ごしやり過ごししながら家に着いた。

神さんが、
様子がおかしい、といったが
そのまま用事を済ませた。

その帰り、神さん、
診てもらわないと、と
福間医院に飛び込んだのが 11:55、

すぐに、救急車が召ばれてツカザキ病院に、
すかさず、救急治療室でCTを撮った。
写真には
まだ何も顕われていないが
明日になったら
手足が動かないことも、と、点滴その他の処置をしてくださったのが「大貫先生」、
(結果的には、この処置で梗塞が溶けた)

HCUに入り
その後は、毎朝回診に来てくださった。

私自身は
身体の右半分の動きが取れず、
字も思うように書けない。

神さんに頼んで、
小学一年生が使うノートを買ってきてもらい
あいうえお、かきく、と字の練習、 全然書けない。
情けなく思いながら
コレもリハビリ、と思って続けた。

こうして1週間が過ぎると、
本格的なリハビリが始まった。

訓練に来る療法士さんは、みんな若い、
まるで、
孫に教えてもらっているようだった。

それを1週間続けて、 6/4退院。
病名は「脳梗塞」だった。

帰ると、夏のことで
家の周りは草だらけ。

私の、家でのリハビリが始まった。   (続けます)




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プロフィール

Author:松本直美
定年後、岡山・美作で農業を始めて19年。
米作りだけでなく、野菜や花、
果樹、造園についても書いていきます。
造園技能士一級の資格を持っています。

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