白菜の移植

庭の隅で
ポットで育てていた白菜の苗が
本葉が五枚ほどになって、植え頃になった。





白菜の苗




よく見ると
ポットの中を鹿が歩いたようで
駄目になった苗もある。

軒下の
ウッドデッキの横で育てているのに
いよいよ鹿も人間を恐れなくなったとみえる。
ポットが三つやられている。

ポットは、全部で68個、
植えるところは88箇所、少し足りないが

こんなこともあろうかと
ポットに二本たてていたので
それを割って
一本ずつにして植えると、最後は苗が20本ほど余った。

他の苗は
こんなことをすると傷むが
白菜は比較的 丈夫に育つ。

午後三時頃から植えて
夕方には終わった。
畑に植え替えて、本植え完了! ホッとする。





白菜の定植





今年も
美味しい漬物が漬かるだろう。
みんな、送るからな。



一日中雨

今日は、予報通り一日中雨。

止んでくれるか、
と、何回も外を見たが
降り続いた。

昼前、佐用のコメリに行く。

剪定枝を入れる袋を買いに行ったが、見当たらない。
以前は、軒下に山のように積んでいたのに、、
店の人に尋ねたら
今は店の中に入れているという。

見に行くと、小さいのしかない。
大きいのが欲しい、と言うと
店には、小さいのだけ出す、と言う。

何でも
大きいのは重たくなるので入れていないとか、、  なんじゃそれ、
仕方がないので帰って
JAにいくと、
今は無いが取り寄せられる、とのこと。
頼んで帰る。

そう言えば、みんな年がいって
重い物が持てなくなっている。


剪定袋


それにしても、
今日の袋は小さい、と思うが
みんなはアレで
納得なんだろうか。




ウドが頭を

朝から、いい天気で
とりあえず、夏野菜の元肥をしてしまおうと

牧場に牛糞を買いに行った。
いつもの人がいたが、
先日と違って積み方が少ないので
もう少し積んでくれ、と頼んだ。

牛糞の散布は
昼過ぎまでかかった。
終わって、尾崎に行ってみると
籾殻の上に、ウドが頭を覗かせている。

今年は、たっぷり籾殻をかけているので、良いウドが採れるだろう。
先日、神さんと、アワクランドでウドを見たが
変わらないくらいじゃないかな。

道具を持っていなかったので
収穫はしなかったが、又、楽しみが出来た。
ウドは、酢味噌和えが旨い。

牛糞のあとに、
鶏糞と米糠を散布するつもりだったが
風が強いので取りやめ、  また今度、、、

田んぼにも、
二番鍬を入れなければならない。
このところ上天気が続いている。

二番鍬、
明日辺りからやるか!


芽出し肥え

今日もいい天気、
朝から尾崎の果樹に施肥をする。

施肥が残っていたのは、
栗の木四本、桃三本、リンゴ五本、
そして梨の木二本、
こうして本数を並べれば、沢山の果樹が採れるようだが、

その実、私はあんまり食べたことがない。
リンゴは植えてもう7、8年、
しかし、数えるほどしか収穫していない。

一本だけ実を付け出したと思ったら
それも、大方カラスにやられて、
今までに五個ほど食べたが、

そのうち、沢山採れるようになるはず、
と、楽観的に捉えて、楽しむ気持ちの方が大きいと思う。

桃三本は、木も大きくなって
毎年いい実をつけるが、
私が食べるのは
最初の一本が実った時だけで、

あとの二本は
虫がついて、ろくろく収穫できない。
これも、いつかは上手くいくだろうと手入れをする。

毎年、それなりの対策をするが
それを超える障害が出て、うまくいかない。

が、
今を盛りと咲く桃の花をみると
いつも心が躍る。

そんなことを思いながら
木の芽肥えをした。 



氷雨

予報では
今日は全国的に雨。

ここでも雨が降ったが、大降りではなく氷雨。

何にも出来なかった。
やっと夕方、鍬を持って畑に出た。
狙いは白菜。

雪の下なので所在が分からなかったが
見当をつけて打ち込むと、見事に当たった。
一日のもやもやが吹き飛んで
スーっとする。

先は寒さで傷んでいるが
十分食べられる。

スーパーアイに行って
豚肉と牡蠣を買ってきて水炊きをした。
近頃は 『一人鍋』たるものが流行っているそうだが、
鍋はやっぱり
大勢で食べるほうが美味しい。

2月も半ば、
燦燦とした太陽の下で
日向ぼっこが出来る日が待ち遠しい。


四国 西伊予にいます。

又もや襲来する
大寒波に恐れをなして、
予定を早めて
9日から、故里の姉宅にお世話になっています。

帰岡後、拙記(故里滞在記)を綴りますので
また、どうかご訪問ください。



果樹の剪定

朝、外に出ると
周囲の山々には雪が積もっている。

田畑は消えているので
夜中早いうちに降ったものらしい。

寒さが厳しいので10時頃までグズグズして
それから、尾崎の果樹の剪定に行く。

まず、小さな梨の整枝剪定をする。
整枝は、
木が高くならないように、
そして、枝が横に広がるように誘導するが、これが時間が掛かる。

梨が終わって
ぶどうに移る。
夏の間、伸び放題にしていたので
ツルは遠くまで行っているし、ヒゲは巻きつき放題で
時間が掛かる掛かる。

全体の半分ほど済んだ頃から
雪が降ってきた。

それを汐に切り上げたが
早く済ましたくても、天候ばかりは毎度のことだが意に任せない、
百姓の宿命である。



剪定道具の手入れ

今朝は少し暖かかった。

が、外は雨が降っている。
予報では一日雨だというが、
ナマクラにごろごろする気になれない。

そこで
今期の剪定仕事が一区切りついたのを期に
剪定道具の手入れをした。

ハサミやノコギリの手入れである。
水は冷たいが、
しておかないと道具が使い物にならなくなる。

ノコギリは三本、
ヤスリを掛けて油拭きをする。
ハサミは大きいのが一丁と片手バサミが三丁、これをよく研いで油拭きする。

そのあと
他のあんまり使わなかった道具も点検。
使わなかった道具は、
そのつど油で拭きこんでいるので
何もしなくても
良い状態を保っている。

全部終わったのが三時過ぎ。
身体が冷え切っていたので
風呂を沸かし、追い炊きを2回して温まる。

以上で
今期の庭仕事は無事終了。
怪我もなくやり遂せて、メデタシメデタシ。

予報は、明日も雨、と言う。


冬用タイヤ装着

先頃から
鳥取自動車道の電光掲示板に
「冬用タイヤ着装のこと」の、注意書きが出ていた。

まだ雪は降るまい、
と、タカをくくっていた処、
今朝起きてみると、うっすらと白くなっている。

そこで
思い切って、姫路にタイヤ交換に帰った。

今までは
太子のスタンドで換えていたが
昨年からは、姫路の懇意な整備屋に戻っている。

この整備屋さんは
もう40年来の付き合いだが
大原に来てから、付き合いが減っていた。

が、一昨年
貰い事故に遭った時
偶然、現場がすぐ近くですぐに来て貰って大助かり、で
又、付き合いが始まった。

タイヤ交換は
毎回、サービスでしてもらう。
交換した後、
「だいぶチビとうから、雪の日は気ぃつけてください」と言われた。
次回は新しくしないといけない。

後は、神さんと食事に行って
家で一休み。

大原に帰ってきたら
夜になっていた。  
もうこれで、車はこの冬も安心である。


どこかが狂っている。

大阪の千早赤坂村は、

その昔、楠正成がお城を作って戦ったことで
今なお、語られているが、

そこの川原で
子供の遺体が掘り起こされた。

どうも、親が殺して埋めたらしい。
何とも痛ましく悲しい事件。
本能的に親は子供を守るはずだが、この頃、人間は違ってきたようだ。

自分にとって
都合が悪ければ
子供より自分の都合を優先する。
邪魔者は殺せ、とばかりに簡単に殺してしまう。
供養などもっての外。

なぜこうなったのだろう、
簡単に言ってしまえば、核家族化で
(子育てのいろは)が無いからそうなった、、という人も居るだろう。

しかし
動物でも、本能的に子育てはする、
万物の霊長たる人間が、出来ないはずがない、
と思うが、

なんにしても
悲しい事件が多すぎる。

若い頃は、
働いて生産が伸びれば
みんなが幸せになれる、と信じていたのに
何かが違うようだ。


期日前投票に行く

天気は
今にも降りそうな空模様、
だが落ちてはいない。

尾崎の里芋の草取りに行った。
里芋が隠れるほど草になっている。
少しずつ施肥をして、中起こししながら引いていく。

3/2くらい終わったところで
雨が落ちてきた。
それでも頑張ってどうにか終わらせたが

予報はこれから大雨、
と言うので
参院の期日前投票に姫路に行くことにした。

鳥取道の大原から佐用までが通行止めだったので
一般道を走った。
以前は毎回通った道なのに、やけに遠く感じる。

やっとこさ、姫路について一休み。
撮り置いてくれた映画(釣りバカ日誌)をみてから投票に行く。
場所はイトーヨーカドー広畑店の2F。

投票は、あっけなく終わったが
日本が二度と戦争に向かわない政治をして欲しい、
と切実に思う。

戦争というもの、
始める前は勇ましく言い立てるが、
始まったら、みんなが惨めになるのは自明の理、なのだから。

しばらくお休み。

21日(土)
無事、田植えが終わりました。



田植え終わる



歳甲斐もなく、毎日、頑張りすぎて
ホッとしたのか
体調を崩しましたので、しばらくお休みします。



メッセージ
5/20、脳梗塞のため入院。後ろは娘たちが折ってくれた千羽鶴。



秋祭り ③

私の地域は新興住宅地。
周りも大体そうで、
古くからあるのは「下手野(しもての)」だけ。

戦後すぐに、市営住宅が出来た。
それが「船越住宅」。
そして、昭和30年代の終わり頃から始まった住宅ブームで
わが松が台、山の北、夢前団地、下手野団地
が出来た。

しかし秋祭りには
この四つの新興住宅は
昔からある下手野の船越神社には入れてもらえず、
新興住宅だけで
神主を招いたりして、それなりにしばらくの間は行なっていた。

日取りも、新興住宅の方は体育の日に、
下手野は昔からの日取りで行なってきたが
困ったことが起きた。

学校の問題、
昔から、宵宮は午後から、
本宮は一日休日となっていた。

新興住宅の祭りは
宵宮の半日だけで済むが、下手野は一日半休むこともあって
それでは授業にならない。

地域のほうも、勤務の関係などで
下手野が折れて、お宮さんにも入れるようになった。

今では
下手野団地と夢前団地は
子供が少なくなって、祭りを取りやめてしまった。
あの立派な屋台はどうしたのだろう。

今は、
下手野、船越、松が台、山の北、この四町で秋祭りを行なっている。


下手野



船越



松が台と山の北



さて今日の本宮、
わが松が台が当番で、一番に宮入をする。
そのため出発が早い。

朝八時半に集まり、お神酒をいただいて九時過ぎ出発。
宮入をするまでに時間がかかる。

一番に船越住宅の子供たちが「花笠踊り」を披露。
それから各町の屋台の宮入で
屋台は大小ある。

一番大きなのが、下手野の大人屋台、
次が船越、その次が山の北の屋台、
そして、下手野子ども会の屋台で、最後がわが松が台の屋台。


秋祭り


その子供屋台のような小さい屋台が
一番に宮入して
後になるほどに、迫力のある屋台の宮入となった。

すべて終わると練り場に移動する。
今までだと、宮入まではちょっとした坂を上っていけば良かったが

今はそこが道路工事中なので通れず、
大きく回り道をして練り場に入る。

練り場に入って
五台の屋台を並べると、大小がはっきりする。

わが松が台の屋台はj弱小の上に
見るからに小さく質素。
40年ほど前、自分たち保護者が造った手製のものだから仕方がない。

大人も子供も
みんなそう思っているが、口には出さない。
口には出さないが、そう思っている。

以前、新調の話が出たこともあったが
子供の数や担ぎ手、金額などの条件を考えてそのままになっている。

昼からの練り合わせ、
これは妻鹿のケンカ祭りには遠く及ばないが
それなりの迫力がある。


秋祭り②


見ていても日ごろの鬱憤が吹き飛ぶ感じがした。
イヤア、いい一日でした。

秋祭り ②

宵宮は午後一時半集合。

一寸早めに行くと
お神酒が振る舞われている。

一年ぶりに会う懐かしい顔もあるが
殆どは知らない若い人たち。

でも、私には
ココの自治会の発祥の時からの古株だという
何かしらの気持ちがあって、遠慮はない。

子供たちの数は少ない。
これも少子化現象の一つだろう。

二時頃に集会所を出発。
町内を一巡して、今日は打ち上げ。
宵宮はいつもこうだ。

家に帰る途中、
隣の自治会の太鼓の音が聞こえてきた。

隣の自治会は神社も違い、
屋台も超本格的で盛んだが、こればかりは仕方がない。  (続けます)

秋祭り ①

今日は
姫路の秋祭りの宵宮。

大原も同じ日だが
私は姫路の祭りに参加している。

それには訳があって
祭りにつかう笹竹の調達を頼まれていて
宵宮の朝、持って帰ってそのまま祭りに参加する。

今日も夜が明けるのを待って
笹竹を切りに行った。

薮に入ると、
朝露がかかってくる。
それを掻き分けてお目当ての竹を切ってみると
先がなくなっている。
伐りなおし。

六本の笹竹を切るのに
九本切らなければならなかった。

持ち帰ってそこそこに仕上げて車に積む。
濡れた作業着を洗濯して
大原を出たのは九時をだいぶ回っていた。

姫路に着くと
みんなが待ち構えている。

笹竹を渡して、家に入ったが
町内巡行にはまだ時間があり、ちょっと一休みする。  (続けます)

駅伝と相撲

起きてみると、雪が降っている。
二センチほど積んでいて
畑や田んぼは真っ白、これでは何も出来ない。

昼までテレビを見て過ごしたが
昼を食べていると
12時半から、広島で男子の駅伝があると言う。

外は雪も止んで、日が差してきていたが
田畑はまだジメジメなのと
気温が低いのとで出る気がせず、駅伝を見た。

始めの予想では
大阪、兵庫、京都、岡山、広島、等がいいと言っていたのに

いざ始まってみると
これらはスタートダッシュで出遅れてどこまで行っても追いつけず

(走れ走れコータロー)の馬のように
置いていかれて
今回は、関東勢と九州勢が活躍した。

終ったら三時、もう何もする気がせず
大相撲を見て過ごした。
今日は、天皇陛下夫妻が観戦されるとかで大層なお迎えをしていた。

相撲はいつ見ても
身体に力が入って面白い。

長野県北部地震

長野県で震度6弱の地震が起きた。
民家、47棟が全壊し、土砂崩れも起きて41人が負傷。

しかし、死者は出ていない。
報道によると
近所の人が、皆なで助け合ったんだと。

これが
原発のあるところだったら、と考えると恐ろしくなる。
専門家の話では、今世紀は
こんなことが頻繁に起きるのではないか、と懸念されている。

それでも、原発を再開せよと言うのは?
人間って、懲りない生き物なんですね。

鳥取砂丘

かみさんが来て
砂の美術館を見た脚で、砂丘に入ってみた。

いつもと違う所から入ると
砂丘の向こうに日本海が見える。

凪いで、静かな海が拡がっている。
私は、昼に飲んだ少しのビールで少々しんどくなっていたが

かみさんの気迫に押されて
砂山に登ることに。
休み休みで、やっと頂上に着いた。

いつ見ても良い。
日本海を見ると身体がシャンとしてくる。
今日は、何時もと違って頂上を歩いてみる。

下にいる人が、おもちゃみたいに小さく見える。
遠くに見える二頭のラクダも、その背に乗っている人も人形の様だ。

しばらく歩いて、下に降りる。
何を栄養にしているのか草が生えている。
それを踏みしめて、元の入り口に出たところで

梨のアイスクリームを買って食べた。
時期的に、非常に冷たく感じたが、砂の上を歩いて疲れた身体が
シャキッとした。

.秋晴れの中、気分の良い一日を過ごした。

御嶽山が噴火

びっくり、吃驚、
木曽の御嶽山が噴火した。

若い時、
アルバイトで
山仕事をイヤというほどしたので、遊びで山に行く気はあまりしないが
山の魅力は、少しはわかる。

息せききって登り、周り360度が見渡せた時の
開放感というか達成感は、何ものにも変えがたい。

私でもこんな感じを持っているのだから、
山に嵌っている人には、たまらないものがあるのだろう。

紅葉が始まっているこの時期は、尚のこと。
今だ、今しか、
と思って登られた方々と思われるが、何にしてもこの惨事。
テレビで見ると、胸が潰れる。

楽しい筈を、最大の不幸が襲う。
こんな事もあるのだ。

大根とカブを蒔く

昼はゆっくりと休んで
二時過ぎから、大根の種蒔きにかかった。

大根とカブの二畝を、鍬で耕す。

この作業、以前は何でもなかったのが
このところ、少しコタえだした。寄る年波か。

これを済ませて、白菜を定植したら、
急ぎの秋野菜の作付けは終る。

耕していても、石灰窒素をまぶして間が無いので、ミミズは出てこない。

これだと、モグラに荒らされることも無いが
後は、小さな虫に食べられないように気をつけないと。

蒔き終えて、パオパオを掛けて終わり。
全部蒔き終えたら、ホッとした。

自動車事故を見る

今日(28日)の帰り
姫路バイパスを走っていたら、中地を過ぎた頃から渋滞が始まった。
姫路南を過ぎたら、トロトロになり

どうしたのかと心配になったが、様子がわからない。
暫く行くと
対向車線にパトライトが見えた。

近付くと、大型車が乗用車に追突している。
こちらの渋滞は、それを見るために起きたもので
過ぎればスイスイ。

ホッとして走っていたら
姫路西バイパス、石倉の分岐点で前の車が急停車、

私も慌ててブレーキを踏んで
すんでの所で停まった。

どうも
下に下りるのを間違えて、行き過ぎようとしたので停まったらしい。
此方も、降りて文句の一つも言いたかったが、思いとどまって通り過ぎた。
ほんと、危機一髪だった。

暑いと
あちらもこちらも頭がボヤケてしまう。
気をつけなければ。

写真が入った

先日カミさんが来た時
「ブログに写真を入れたらいいのだが」
と言ったら

それを受けとめて
いろいろ聞き合わせて、1枚入れてくれた。

今月7日、
四国丸亀の「レオマの森」に行った時、
(祖谷のかずら橋)のことを書いた記事に
その時撮った写真が入った。

訳の分からないままに入れたそうで

私が写真を入れる事は
まだ出来ないが、

その内、私の記事に
その時その時の写真が、
リアルタイムで載せられるだろうと、楽しみになった。

頑張って挑戦します、、、

動かないカーソル

昨夜、
ブログを書こうと
パソコンを立ち上げ、サア書こうとしたら
カーソルが動かない。
画面はきれいに出ているのに.

見ていると、
マウスのおなかのライトが点いていない。

スイッチの切り替えをしても
点かないので諦めた。

カミさんガ電話してきたので
そのことを言ったら「明日行く」と言う。

ありがたいが、大変なので
今夜試しに始めてみたら、スイスイできる。
昨夜、電源を落としておいたのが良かったのかなあ。

コンピューターも
たまには休ませてやらないと、とか言い訳しながら

少しづつ
扱いには慣れてきたようで嬉しい。

有難う、拍手が5000回を突破

今日携帯にメールが入った。

カミさんからで
(ブログの拍手が5000回)というものだった。

確認してみたかったが、
草取りがあったので作業を続けた。

不思議なもので
その後は、心楽しい気持ちになった。
仕事も捗り、身体も軽い。

何時まで続くだろう?
と、始めはおっかなびっくりヘッピリ腰で始めたのに
いつの間にか2年が来ようとしている。

こんなに続いたのも
暖かいコメントや、拍手に励まされての賜物です。

これからも
拙い記事ではありますが
日々書いていきますので見てやってください。

こうして書いていると
きつい農作業も楽しくなるから不思議なもの。

読者の皆さま、
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

ノートパソコン

年頭に購入した
大事なノートパソコンが、数日前から動かない。

こうなったらお手上げで、
私にはどうすることもできない。

カミさんに電話したら
私の操作の誤りではないか、という。

私にすれば、
教えられた通り操作しているだけなので、
何とも云いようがない。

仕方なく姫路に持って帰ったら
さすがカミさん、使えるようにしてくれた。

「無線でダメな時は有線で」
と聞いて帰って来たが、

無線で始めてみると
やっぱり、訳の判らない表示が出て、動かない。

そこで、
有線につないでみたら動きだした。

しかし困ったことが起きた。
頼みもしないのに、音楽が流れてくる。

それも、
歌のない、私にすれば訳の分らない音楽が
何時までも何時までも続く。

やっと終わった、と思うと
また次が始まる。何とも煩い。

が、動かないよりましか、
と我慢している。

パソコンにしたら、
親切心のつもりだろうが、私は止めて欲しいのです。

因みに、
以前使っていたシャープのノートパソコン、
直してしまったカミさんが
現在姫路でバンバン使っている。

トホホな話です。

パソコンの画面が消えた

ブログを書こうと電源を入れたら
何時もは一番に点くはずの所が点かない。

三つの内、真ん中と左は点いたが、
一番右の、始めに点くべき電気が点かない。
少し待っていたら、
点くには点いたが赤の点滅。

様子を見ようと、コーヒーを入れているうちに
「パン」と音がして全部が消えた。

電源のスイッチを
入れたり切ったりしてもだめ。

仕方がないので、
自然回復があるかも、と
電気が通る状態にしておいたら、

30分ほどして点いた。
こんな時、何も知らないと本当に困ります。

元気になったパソコン

毎日パソコンを使っていると
くたびれたのか
動きが悪くなったり、動かなくなったりする。

それを続けていると、
こちらの頭が動かなくなり
何を言おうとしていたのか分からなくなってしまう。

2日ほど休んでいたら、
今日は大変良く動く。これなら、
頭に浮かぶ前に文字になっている感じがする。

便利さに乗っかかっていると、
しまいには動きが取れなくなるのですかねえ。

身体は生身。パソコンと一緒で
やっぱり適当に休ませてやらねば・・・

今日は雨。
ここは休ませましょう、ご老体を。

パソコンが動かない

昨夜、ブログを書こうと
パソコンに向かったら、突然動かなくなった。

画面がこちらの指示通り動かない。
諦めて、電源を切って丸1日休ませた。

こうなったら、私にはお手上げ。
どうすればいいのかさっぱり判らない。

今夜、恐る恐る電源を入れると
手際よく動き出した。
やれやれ、である。

ところが、昨夜書こうとしたことを失念。
こうなると、
とても大事なことだったように思えて、残念でならない。
だけど、思い浮かばないのだから仕方がない。
近頃よくあるのですよ、こんな事が。
歳ですねえ。

若い頃なら
1年前の事なら覚えていたのに、
近頃は、昨日の事が思い出せない。

老化いやはや困ったものです。

人の言い分 P2

剪定の際、
注文を付けてきて

 「ここは奥さんの希望を、もう一度聞いてあげましょう」

と、3メートルを50センチ下げて作業を始めた。

暫くすると、
2階の窓が開き、又女の人の顔。
昨日の人より老けて見える。

そして、言うことには、
「出来るだけ高く」

頭に来たが

「昨日、若い奥さんが、下げて欲しいと言われたんですよ、
 それでこの高さにしています」

と言うと
 「昨日言ったのは私です」

その時私は思いました。
女の人は化粧でこんなに変わるものかと。

その時は、もう2メートル程手直しをしていたので、
今更、
「高くして」
と云われても出来ない。

続きを切ろうとしていると、

 「おじさんの手の上で」と言う。

そんな事をすると
今までの所と高さが違ってくる。

無視して手の下で切った。

すると、
諦めたのか、窓を閉めて去っていって、

その後は、何も言ってこなかったが、
何とも勝手な言い分で、

こんな人も居るんだ・・・と思って呆れた1日でした。

出石に行く

子供が帰省した。
子供といっても年は45歳の息子です。

出石の蕎麦が食べたいと言うので、
カミさんと3人で行くことにした。
道は、先日行った城崎と同じコース。

ただ違うのは、
豊岡から、城崎は真っ直ぐ北に行くのを東にとることぐらい。
312号線を豊岡まで走ると、田んぼに水が張ってある。
ここは、コウノトリが飼育されていて、
野性に返すために、毎年少しずつ放鳥しているので
そのコウノトリの為に、冬場は田んぼに水が張ってある。

以前、観光バスで通った時、
ガイドさんが言ったことを、息子やかみさんに話しながら走った。
その時は、コウノトリが三羽田んぼで餌漁りをしていたが、
今回は、どこにも見ることは出来なかった、
残念!

出石に入って直ぐのところに、
「出石城」と言う皿蕎麦の店があったので駐車した。
駐車場はゆったりしていて、店も大きくいい感じがした。

中に入ると、可愛い女の子が笑顔で席に案内してくれた。
私と息子は二人前(一人前5皿)、神さんは一人前頼んだ。

店には、一回で25皿を5回食べたら一年間何度でも無料、と出ていて
昔の私なら、と思ったが、今は10皿が精一杯だろうな。

(しまった、早く生まれすぎた)と思いながら(笑)、出てきた蕎麦を食べた。
これがとても美味しい。
が、二人前(10皿)でお腹が一杯になり、とても追加は頼めなかった。

店を出る時、観光案内図を貰った。
店の人は「うちの駐車場に止めといていただいてもいいですよ」
と言ってくれたが、お城近くの駐車場に行くことにした。・・・続
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プロフィール

Author:松本直美
定年後、岡山・美作で農業を始めて18年。
米作りだけでなく、野菜や花、
果樹、造園についても書いていきます。
造園技能士一級の資格を持っています。

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